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	<title>神社巡りのススメ｜神社と神様</title>
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	<description>神様好き？神社が好き？　神様や神社に無意識に惹かれるあなたへ・・</description>
	<pubDate>Tue, 23 Mar 2010 11:05:37 +0000</pubDate>
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		<title>大宮氷川三社　埼玉県さいたま市</title>
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		<pubDate>Tue, 23 Mar 2010 11:03:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>murakumo</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[神社]]></category>

		<category><![CDATA[埼玉県]]></category>

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		<description><![CDATA[				投稿者：吉祥さん
				武蔵國一宮・大宮氷川神社の一帯はかつては見沼と呼ばれる大きな沼沢地でした。
				霊峰富士山と筑波山を結んだ線と、浅間山と冬至の日の出を結んだ線の交差地点に　大宮の氷川神社が位置しています。
				そして氷川神社を起点に中川の中山神社（中氷川神社）・三室の氷川女体神社が浅間山と冬至の日の出の線上に一直線に並んでいるのは偶然ではないでしょう。この三社が男体社（父神）・女体社（母神）・簸王子社（王子神）として一体の氷川神社を形成していたという説があります。
				三つの神社を父･母・子に割り当てる信仰は日本には古くからあります。
				日光の二荒山神社や熊野三山も同じ考え方ですね。
				氷川神社が父神　須佐之男命・中山神社（中氷川神社）が王子神 大己貴命 ・氷川女体神社 が母神　奇稲田姫命 と云うことになっています。また大阪の住吉大社のようにオリオンの三ツ星に対比させる考え方もあるようです。
				・・・と言うわけで今回は大宮氷川三社をご紹介します。
				
				まずは父神である大宮・氷川神社さん。
				大宮・氷川神社は武蔵野国を中心に全国に２６０社ある「氷川神社」の総本社です。
				氷川神社
				大宮へは東京駅から新幹線ですぐです。
				京浜東北線・埼京線などさまざまな路線が集まるターミナル駅ですので新幹線でなくてもいいのですがなんとなく旅気分を味わいたい私は新幹線を使ってしまいます。
				駅からは歩いて２０分ほどで大宮氷川神社の二の鳥居に到着します。参道は広くて歩きやすいです。
				運がよければ露店が出ていたりして縁日気分を味わえます。
				主祭神は須佐之男命、奇稲田姫命・大己貴命を合祀します。社伝では創建は孝昭天皇3年（紀元前473年）と云われています。
				古代信仰の聖地はそのころからあったのかもしれません。「国造本紀」にある「景行天皇の代に出雲の氏族が須佐之男命を奉じてこの地に移住した」と云う記述があるので神社としての創建はこの頃と考えてよいでしょう。
				　
				　「大宮」の地名は氷川神社を「大いなる宮居」すなわち「大宮」と称えたことに由来すると云われています。
				休日にはたくさんの参拝客で駐車場はいっぱいになります。お宮参りや結婚式の人でごった返しています。
				夜の参拝の厳粛な雰囲気も素敵ですが、昼間の活気がある神社もウキウキします。（夜間は拝殿まで入ることは出来ません。）社務所には長蛇の列。御朱印かおみくじを待つ人かと思ったらご祈祷の申し込みだそうで…。たいへん人気のある神さまです。
				太鼓橋がかかる神池は穏やかで私はこの場所が好きです。鯉に水鳥・・・水上の景色をゆっくり楽しむことが出来ます。
				王子神をお祀りする中山神社と母神をお祀りする氷川女体神社へは車を利用されるのが便利かと思います。都市部にある氷川神社と違って交通の便が悪そうなのでタクシーなら待っていただくほうが良いかもしれません。
				この付近を「足立郡」といいます。
				日本武尊が東征の際に負傷して夢枕に現れた老人の教えに導かれて氷川神社に詣でたところ立てるようになったという伝説があります。足が立つようになったので「足立」と云うそうです。各神社の摂社に祀られている「荒脛（アラハバキ＠長脛彦）」もその名前から「足の病を癒す神」とも言われています。
				この伝承によってか平安時代後期には、関東地方を実質的に支配していた武士に幅広く信仰されました。荒川流域に数多くの分社が建てられ武蔵国中に「氷川信仰」が広がります。彼の源頼朝も多くの寄進をしているそうです。
				中山神社
				「中山神社」はモトは「中氷川神社」と呼ばれていました。明治40年（1907年）周辺の神社を神社合祀して現在の中山神社に改称しています。
				　
				住宅街を入っていくと中山神社の参道に出ます。
				木々に囲まれて鬱蒼とした雰囲気。「八雲の紋」が目に入ります。
				主祭神は大己貴命（おおなむちのみこと＝大国主）…出雲大社の八雲の図が頭をよぎります。
				　
				社務所は離れているらしく通常は宮司さんはご不在です。ご朱印等お願いしたい場合は事前に連絡されることをお勧めします。
				扁額に書かれた「氷川神社」の文字が三社一体説を裏付けるようです。
				摂社である稲田宮社に参拝。参道を挟んで荒脛（アラハバキ）社があります。
				偶然　宮司さんにお話を聞くことが出来ました。
				「氷川神社は川の東側に多いのですよ。」
				八雲の神紋は素盞鳴さんにご縁のある神社に多く見られるそうです。氷川神社・中山神社（中氷川神社）・氷川女体神社の御神紋も八雲なのだそうです。
				　
				素盞鳴さんが詠んだ「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣を」に由来するそうです。
				「氷川神社の神池が湧水地になっています。氷川神社を起点にして中氷川～氷川女体神社まで土地が低くなっていて川が流れていたのです。」
				荒ぶる川・・・荒川はたびたび氾濫を起こします。「その川を治め稲作を司る神が氷川神社に祀られていました。」
				太陽は夏至に西北西の氷川神社に沈み冬至には東南東の氷川女体神社から昇ります。この配置により稲作で重要な暦を正確に把握することができるのです。
				　
				創建は崇神天皇2年（紀元前95年頃）…当時の主祭神は水と稲作を司る土着の神だと考えられています。後に「荒脛」と総称される土着の神々は八百万・・・まつろわぬ神々たちです。
				見沼一帯には数多くの龍神伝説が遺されており宮司さんの仰る「土着の神」は龍神さんではないかと思われます。稲荷神は「狐」に喩えられることが多いですが「龍神さま」の変化ではないかと思えるのです。長い体や髭　尻尾のうねり加減ときたら龍そのものではないですか？
				「古事記の編纂（７２１年）の時に天孫降臨神話を正当化するために主祭神を「素盞鳴」としたようです。土着の神は現在は摂社である荒脛社に遷宮されています。」
				大和朝廷の都合のいいように神名（かむな）を「割り当てられた。」と云うことらしいです。
				本殿に隠れるようにしてある旧本殿は安土桃山時代の建造物。古事記編纂からだいぶ時代は下りますが　当時の土地の人々の記憶の中には土着の神が残っていたのでしょうか？
				「こういう話は歴史の文書としては残っていないのです。昔の人から今の人に口伝えに伝わる　口伝なんです。」
				大和朝廷が記紀の編纂をしたのは　まつろわぬ神々の記憶を払拭して新国家の体制を作るためだったとも云われています。表立って逆らうことが出来なかった人々が口伝によって「本来あるべき神の姿」を遺そうとした。
				歴史のロマンですね。
				　
				「ここから氷川女体神社までは農道が近道なのですよ。田園を見られてかつての見沼に思いを馳せられてはいかがでしょう？」
				宮司さんはそういって微笑まれました。
				住宅地を抜けると信じられないほどスコーンと抜けた畑の中の道。かつて沼沢地だった見沼は江戸時代（享保年間）に干拓されて今は田園が広がっています。この地の水源を納めていた神々は今はどうしているのでしょうか？少し傾きかけた冬の太陽が寂寥たる気分にさせます。
				氷川女体神社
				石段の上に赤い鳥居が建っています。
				落ち着いた風格ある社殿は寛文年間に作られたそうです。扁額には「武蔵國一宮」の文字が書かれています。
				主祭神は奇稲田姫　須佐之男命の妃です。大己貴命と三穂津姫を合祀します。開基は崇神天皇の御世とされています。
				この神社の授与品に巫女人形があります。かわいらしい焼き物の巫女さんです。願いがかなったら着物を着せてお納めするそうで、もれなく「祈り方のコツ」がついてきます。
				「考えてないでまずはやってみよう！！」と書かれたコピーが魅力的！！
				境内前の御幸道のつき当たりにはには「磐船祭祭祀遺跡」があります。かつて氷川女体神社では見沼に船を浮かべて神に感謝を奉げる「御船祭」が行われていました。しかし享保12年（1727年）に見沼が干拓され「御船祭」が行えなくなってしまいます。そこで見沼の一部であった場所に池の中に丸い島を築いた祭祀場を設けて「御船祭」の代わりとなる「磐船祭」を行うこになりました。
				明治元年まで行われていた「磐船祭」の遺跡が「磐船祭祭祀遺跡」です。
				大宮氷川神社
				埼玉県さいたま市大宮区高鼻町一丁目407番地
				主祭神 　須佐之男命・奇稲田姫命・大己貴命
				交通　東武野田線・大宮公園駅もしくは北大宮駅（徒歩10分）、大宮駅（徒歩20分）
				    * 摂社　門客人神社　足摩乳命 手摩乳命
				    * 摂社　天津神社　　少彦名命
				    * 摂社　宗像神社　　多起理比売命 市寸島比売命 田寸津比売命
				    * 末社　山祇神社　　大山祇命
				    * 末社　石上神社　　布都御魂命
				    * 末社　愛宕神社 迦具土命
				    * 末社　雷神社　　　大雷命
				    * 末社　住吉神社　　底筒男命 中筒男命 上筒男命
				    [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>投稿者：吉祥さん</p>
				<p>武蔵國一宮・大宮氷川神社の一帯はかつては見沼と呼ばれる大きな沼沢地でした。</p>
				<p>霊峰富士山と筑波山を結んだ線と、浅間山と冬至の日の出を結んだ線の交差地点に　大宮の<strong>氷川神社</strong>が位置しています。</p>
				<p>そして氷川神社を起点に中川の<strong>中山神社（中氷川神社）</strong>・三室の<strong>氷川女体神社</strong>が浅間山と冬至の日の出の線上に一直線に並んでいるのは偶然ではないでしょう。この三社が男体社（父神）・女体社（母神）・簸王子社（王子神）として一体の氷川神社を形成していたという説があります。</p>
				<p>三つの神社を父･母・子に割り当てる信仰は日本には古くからあります。</p>
				<p>日光の二荒山神社や熊野三山も同じ考え方ですね。</p>
				<p>氷川神社が父神　須佐之男命・中山神社（中氷川神社）が王子神 大己貴命 ・氷川女体神社 が母神　奇稲田姫命 と云うことになっています。また大阪の住吉大社のようにオリオンの三ツ星に対比させる考え方もあるようです。</p>
				<p>・・・と言うわけで今回は大宮氷川三社をご紹介します。</p>
				<p><span id="more-126"></span></p>
				<p>まずは父神である大宮・氷川神社さん。<br />
				大宮・氷川神社は武蔵野国を中心に全国に２６０社ある「氷川神社」の総本社です。</p>
				<p><strong>氷川神社</strong></p>
				<p>大宮へは東京駅から新幹線ですぐです。<br />
				京浜東北線・埼京線などさまざまな路線が集まるターミナル駅ですので新幹線でなくてもいいのですがなんとなく旅気分を味わいたい私は新幹線を使ってしまいます。<br />
				駅からは歩いて２０分ほどで大宮氷川神社の二の鳥居に到着します。参道は広くて歩きやすいです。<br />
				運がよければ露店が出ていたりして縁日気分を味わえます。</p>
				<p>主祭神は須佐之男命、奇稲田姫命・大己貴命を合祀します。社伝では創建は孝昭天皇3年（紀元前473年）と云われています。<br />
				古代信仰の聖地はそのころからあったのかもしれません。「国造本紀」にある「景行天皇の代に出雲の氏族が須佐之男命を奉じてこの地に移住した」と云う記述があるので神社としての創建はこの頃と考えてよいでしょう。<br />
				　<br />
				　「大宮」の地名は氷川神社を「大いなる宮居」すなわち「大宮」と称えたことに由来すると云われています。</p>
				<p>休日にはたくさんの参拝客で駐車場はいっぱいになります。お宮参りや結婚式の人でごった返しています。</p>
				<p>夜の参拝の厳粛な雰囲気も素敵ですが、昼間の活気がある神社もウキウキします。（夜間は拝殿まで入ることは出来ません。）社務所には長蛇の列。御朱印かおみくじを待つ人かと思ったらご祈祷の申し込みだそうで…。たいへん人気のある神さまです。</p>
				<p>太鼓橋がかかる神池は穏やかで私はこの場所が好きです。鯉に水鳥・・・水上の景色をゆっくり楽しむことが出来ます。</p>
				<p>王子神をお祀りする中山神社と母神をお祀りする氷川女体神社へは車を利用されるのが便利かと思います。都市部にある氷川神社と違って交通の便が悪そうなのでタクシーなら待っていただくほうが良いかもしれません。</p>
				<p>この付近を「足立郡」といいます。</p>
				<p>日本武尊が東征の際に負傷して夢枕に現れた老人の教えに導かれて氷川神社に詣でたところ立てるようになったという伝説があります。足が立つようになったので「足立」と云うそうです。各神社の摂社に祀られている「荒脛（アラハバキ＠長脛彦）」もその名前から「足の病を癒す神」とも言われています。</p>
				<p>この伝承によってか平安時代後期には、関東地方を実質的に支配していた武士に幅広く信仰されました。荒川流域に数多くの分社が建てられ武蔵国中に「氷川信仰」が広がります。彼の源頼朝も多くの寄進をしているそうです。</p>
				<p><strong>中山神社</strong></p>
				<p>「中山神社」はモトは「中氷川神社」と呼ばれていました。明治40年（1907年）周辺の神社を神社合祀して現在の中山神社に改称しています。<br />
				　<br />
				住宅街を入っていくと中山神社の参道に出ます。</p>
				<p>木々に囲まれて鬱蒼とした雰囲気。「八雲の紋」が目に入ります。</p>
				<p>主祭神は大己貴命（おおなむちのみこと＝大国主）…出雲大社の八雲の図が頭をよぎります。<br />
				　<br />
				社務所は離れているらしく通常は宮司さんはご不在です。ご朱印等お願いしたい場合は事前に連絡されることをお勧めします。</p>
				<p>扁額に書かれた「氷川神社」の文字が三社一体説を裏付けるようです。</p>
				<p>摂社である稲田宮社に参拝。参道を挟んで荒脛（アラハバキ）社があります。</p>
				<p>偶然　宮司さんにお話を聞くことが出来ました。</p>
				<p>「氷川神社は川の東側に多いのですよ。」</p>
				<p>八雲の神紋は素盞鳴さんにご縁のある神社に多く見られるそうです。氷川神社・中山神社（中氷川神社）・氷川女体神社の御神紋も八雲なのだそうです。<br />
				　<br />
				素盞鳴さんが詠んだ「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣を」に由来するそうです。</p>
				<p>「氷川神社の神池が湧水地になっています。氷川神社を起点にして中氷川～氷川女体神社まで土地が低くなっていて川が流れていたのです。」</p>
				<p>荒ぶる川・・・荒川はたびたび氾濫を起こします。「その川を治め稲作を司る神が氷川神社に祀られていました。」</p>
				<p>太陽は夏至に西北西の氷川神社に沈み冬至には東南東の氷川女体神社から昇ります。この配置により稲作で重要な暦を正確に把握することができるのです。<br />
				　<br />
				創建は崇神天皇2年（紀元前95年頃）…当時の主祭神は水と稲作を司る土着の神だと考えられています。後に「荒脛」と総称される土着の神々は八百万・・・まつろわぬ神々たちです。</p>
				<p>見沼一帯には数多くの龍神伝説が遺されており宮司さんの仰る「土着の神」は龍神さんではないかと思われます。稲荷神は「狐」に喩えられることが多いですが「龍神さま」の変化ではないかと思えるのです。長い体や髭　尻尾のうねり加減ときたら龍そのものではないですか？</p>
				<p>「古事記の編纂（７２１年）の時に天孫降臨神話を正当化するために主祭神を「素盞鳴」としたようです。土着の神は現在は摂社である荒脛社に遷宮されています。」</p>
				<p>大和朝廷の都合のいいように神名（かむな）を「割り当てられた。」と云うことらしいです。</p>
				<p>本殿に隠れるようにしてある旧本殿は安土桃山時代の建造物。古事記編纂からだいぶ時代は下りますが　当時の土地の人々の記憶の中には土着の神が残っていたのでしょうか？</p>
				<p>「こういう話は歴史の文書としては残っていないのです。昔の人から今の人に口伝えに伝わる　口伝なんです。」</p>
				<p>大和朝廷が記紀の編纂をしたのは　まつろわぬ神々の記憶を払拭して新国家の体制を作るためだったとも云われています。表立って逆らうことが出来なかった人々が口伝によって「本来あるべき神の姿」を遺そうとした。</p>
				<p>歴史のロマンですね。<br />
				　<br />
				「ここから氷川女体神社までは農道が近道なのですよ。田園を見られてかつての見沼に思いを馳せられてはいかがでしょう？」</p>
				<p>宮司さんはそういって微笑まれました。</p>
				<p>住宅地を抜けると信じられないほどスコーンと抜けた畑の中の道。かつて沼沢地だった見沼は江戸時代（享保年間）に干拓されて今は田園が広がっています。この地の水源を納めていた神々は今はどうしているのでしょうか？少し傾きかけた冬の太陽が寂寥たる気分にさせます。</p>
				<p><strong>氷川女体神社</strong></p>
				<p>石段の上に赤い鳥居が建っています。</p>
				<p>落ち着いた風格ある社殿は寛文年間に作られたそうです。扁額には「武蔵國一宮」の文字が書かれています。</p>
				<p>主祭神は奇稲田姫　須佐之男命の妃です。大己貴命と三穂津姫を合祀します。開基は崇神天皇の御世とされています。</p>
				<p>この神社の授与品に巫女人形があります。かわいらしい焼き物の巫女さんです。願いがかなったら着物を着せてお納めするそうで、もれなく「祈り方のコツ」がついてきます。</p>
				<p>「考えてないでまずはやってみよう！！」と書かれたコピーが魅力的！！</p>
				<p>境内前の御幸道のつき当たりにはには「磐船祭祭祀遺跡」があります。かつて氷川女体神社では見沼に船を浮かべて神に感謝を奉げる「御船祭」が行われていました。しかし享保12年（1727年）に見沼が干拓され「御船祭」が行えなくなってしまいます。そこで見沼の一部であった場所に池の中に丸い島を築いた祭祀場を設けて「御船祭」の代わりとなる「磐船祭」を行うこになりました。</p>
				<p>明治元年まで行われていた「磐船祭」の遺跡が「磐船祭祭祀遺跡」です。</p>
				<p>大宮氷川神社</p>
				<p>埼玉県さいたま市大宮区高鼻町一丁目407番地</p>
				<p>主祭神 　須佐之男命・奇稲田姫命・大己貴命</p>
				<p>交通　東武野田線・大宮公園駅もしくは北大宮駅（徒歩10分）、大宮駅（徒歩20分）</p>
				<p>    * 摂社　門客人神社　足摩乳命 手摩乳命<br />
				    * 摂社　天津神社　　少彦名命<br />
				    * 摂社　宗像神社　　多起理比売命 市寸島比売命 田寸津比売命<br />
				    * 末社　山祇神社　　大山祇命<br />
				    * 末社　石上神社　　布都御魂命<br />
				    * 末社　愛宕神社 迦具土命<br />
				    * 末社　雷神社　　　大雷命<br />
				    * 末社　住吉神社　　底筒男命 中筒男命 上筒男命<br />
				    * 末社　神明神社 天照大御神<br />
				    * 末社 天満神社　　菅原道真公<br />
				    * 末社　松尾神社　　大山咋命<br />
				    * 末社　御嶽神社　　大己貴命 少彦名命<br />
				    * 末社　稲荷神社　　倉稲魂命</p>
				<p>中山神社</p>
				<p>埼玉県さいたま市見沼区中川145-65</p>
				<p>主祭神 　大己貴命</p>
				<p>摂社　稲田宮社・荒脛（アラハバキ）社　</p>
				<p>交通　大宮駅東口発国際興業バス大12系統中川循環「中山神社前」バス停下車。<br />
				    　　北浦和駅東口発東武バス岩02系統「富士見ヶ丘」バス停下車。</p>
				<p>氷川女体神社</p>
				<p>埼玉県さいたま市緑区宮本2丁目17-1</p>
				<p>主祭神 　奇稲田姫命・三穂津姫命・大己貴命</p>
				<p>交通　北浦和駅東口からタクシーか、JR武蔵野線東浦和駅からバスで芝原小学校前で下車、徒歩10分</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>八天神社（はってんじんじゃ）　佐賀県嬉野市</title>
		<link>http://jinjya.nosusume.com/2010/01/07/post_125.html</link>
		<comments>http://jinjya.nosusume.com/2010/01/07/post_125.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 07 Jan 2010 06:09:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>murakumo</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[神社]]></category>

		<category><![CDATA[佐賀県]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://jinjya.nosusume.com/?p=125</guid>
		<description><![CDATA[				投稿者：Ｋさん
				嬉野から鹿島方面へ抜ける道の途中、ささやかな看板で道案内されています。
				ここに限らず佐賀の注連縄は変わっているよなぁ･･･
				長ーい注連縄の両脇を垂らして飾ってあります。
				
				飛鳥時代の中期には創建されたと思われ、その以前から山(火山だったそうです)自体を御神体として奉られていたようです。
				
				主祭神は全国でも数少ない、火之迦具突知大神・建速須佐之男大神・火の神に属される神々様です。昔は火山であったことを考えると、カグツチ様が奉られているのも納得出来る気がします。
				境内は二重の川に囲まれており、文化財にも登録されている石橋を渡ります。この川の両岸は、簡単な散策や、水辺まで降りて石橋をじっくり眺めることも出来ます。
				お社は立派です～。
				
				失礼しますと御挨拶してから社殿内部を1枚･･･
				
				せっかくなので、お札を頂こうと思ったら･･･
				車にお財布置いてきた!!(恥)
				走って取りにいきましたよ～。
				宮司さんに「急いで来られましたね(笑)」と言われてしまいました。
				恥ずかしい～(//-//)
				恥ずかしついでに、なぜスサノオ様も一緒におまつりしてあるのかお伺いしたところ、スサノオ様は我々人間に火の使い方、そして火伏せの方法を伝え広めた神様であるから、とのことでした。
				カグツチ様はご自身をお産みになった親神様をも焼き殺してしまうほどの性質をもたれた神様なので、火伏せのお力を持つスサノオ様をおまつりしていると言う一面もあるそうです。
				母を死なせてしまい抱かれることのなかった子と、母が恋しいと父に勘当された子。
				お二柱の共通背景には母神様があって･･･（以下、脳内妄想につき省略）
				ちなみにここのお手水は生ぬるいです！
				外気が寒すぎたのかもしれませんが、温泉水だからでしょうか。
				気さくな宮司さんで、寒い中でしたが、いろんなお話をお伺いできて楽しかったです。（多分、木札の製作中だったと思われます。）ありがとうございました。
				お札と一緒に御神饌で頂いた梅昆布茶は、そのうち楽しもうと思います。
				住所：佐賀県嬉野市塩田町谷所乙766
				電話番号：0954-66-4205
				大きな地図で見る
				アクセス：車で：西九州自動車道嬉野ICから15分
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>投稿者：Ｋさん</p>
				<p>嬉野から鹿島方面へ抜ける道の途中、ささやかな看板で道案内されています。</p>
				<p>ここに限らず佐賀の注連縄は変わっているよなぁ･･･<br />
				長ーい注連縄の両脇を垂らして飾ってあります。</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/125/01.jpg" alt="" title="八天神社（はってんじんじゃ）"  /></p>
				<p>飛鳥時代の中期には創建されたと思われ、その以前から山(火山だったそうです)自体を御神体として奉られていたようです。</p>
				<p><span id="more-125"></span></p>
				<p>主祭神は全国でも数少ない、火之迦具突知大神・建速須佐之男大神・火の神に属される神々様です。昔は火山であったことを考えると、カグツチ様が奉られているのも納得出来る気がします。</p>
				<p>境内は二重の川に囲まれており、文化財にも登録されている石橋を渡ります。この川の両岸は、簡単な散策や、水辺まで降りて石橋をじっくり眺めることも出来ます。</p>
				<p>お社は立派です～。</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/125/02.jpg" alt="" title="八天神社（はってんじんじゃ）　お社"  /></p>
				<p>失礼しますと御挨拶してから社殿内部を1枚･･･</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/125/03.jpg" alt="" title="八天神社（はってんじんじゃ）　社殿内部"  /></p>
				<p>せっかくなので、お札を頂こうと思ったら･･･<br />
				車にお財布置いてきた!!(恥)<br />
				走って取りにいきましたよ～。</p>
				<p>宮司さんに「急いで来られましたね(笑)」と言われてしまいました。<br />
				恥ずかしい～(//-//)</p>
				<p>恥ずかしついでに、なぜスサノオ様も一緒におまつりしてあるのかお伺いしたところ、スサノオ様は我々人間に火の使い方、そして火伏せの方法を伝え広めた神様であるから、とのことでした。</p>
				<p>カグツチ様はご自身をお産みになった親神様をも焼き殺してしまうほどの性質をもたれた神様なので、火伏せのお力を持つスサノオ様をおまつりしていると言う一面もあるそうです。</p>
				<p>母を死なせてしまい抱かれることのなかった子と、母が恋しいと父に勘当された子。<br />
				お二柱の共通背景には母神様があって･･･（以下、脳内妄想につき省略）</p>
				<p>ちなみにここのお手水は生ぬるいです！<br />
				外気が寒すぎたのかもしれませんが、温泉水だからでしょうか。</p>
				<p>気さくな宮司さんで、寒い中でしたが、いろんなお話をお伺いできて楽しかったです。（多分、木札の製作中だったと思われます。）ありがとうございました。</p>
				<p>お札と一緒に御神饌で頂いた梅昆布茶は、そのうち楽しもうと思います。</p>
				<p>住所：佐賀県嬉野市塩田町谷所乙766<br />
				電話番号：0954-66-4205</p>
				<p><iframe width="425" height="350" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps?q=%E4%BD%90%E8%B3%80%E7%9C%8C%E5%AC%89%E9%87%8E%E5%B8%82%E5%A1%A9%E7%94%B0%E7%94%BA%E8%B0%B7%E6%89%80%E4%B9%99766&amp;lr=lang_ja&amp;oe=utf-8&amp;client=firefox-a&amp;ie=UTF8&amp;hq=&amp;hnear=%E4%BD%90%E8%B3%80%E7%9C%8C%E5%AC%89%E9%87%8E%E5%B8%82%E5%A1%A9%E7%94%B0%E7%94%BA%E5%A4%A7%E5%AD%97%E8%B0%B7%E6%89%80%E4%B9%99%EF%BC%97%EF%BC%96%EF%BC%96&amp;gl=jp&amp;ei=uHlFS-3REs2HkQWYp9yBAw&amp;ved=0CBEQ8gEwAA&amp;brcurrent=3,0x35402680a966fb33:0x147432a64760587a,0&amp;ll=33.10079,130.056463&amp;spn=0.001573,0.00228&amp;z=18&amp;output=embed"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?q=%E4%BD%90%E8%B3%80%E7%9C%8C%E5%AC%89%E9%87%8E%E5%B8%82%E5%A1%A9%E7%94%B0%E7%94%BA%E8%B0%B7%E6%89%80%E4%B9%99766&amp;lr=lang_ja&amp;oe=utf-8&amp;client=firefox-a&amp;ie=UTF8&amp;hq=&amp;hnear=%E4%BD%90%E8%B3%80%E7%9C%8C%E5%AC%89%E9%87%8E%E5%B8%82%E5%A1%A9%E7%94%B0%E7%94%BA%E5%A4%A7%E5%AD%97%E8%B0%B7%E6%89%80%E4%B9%99%EF%BC%97%EF%BC%96%EF%BC%96&amp;gl=jp&amp;ei=uHlFS-3REs2HkQWYp9yBAw&amp;ved=0CBEQ8gEwAA&amp;brcurrent=3,0x35402680a966fb33:0x147432a64760587a,0&amp;ll=33.10079,130.056463&amp;spn=0.001573,0.00228&amp;z=18&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small></p>
				<p>アクセス：車で：西九州自動車道嬉野ICから15分</p>
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		</item>
		<item>
		<title>吉野周辺の神社巡り</title>
		<link>http://jinjya.nosusume.com/2009/12/11/post_124.html</link>
		<comments>http://jinjya.nosusume.com/2009/12/11/post_124.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 11 Dec 2009 04:15:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>murakumo</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[神社]]></category>

		<category><![CDATA[奈良県]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://jinjya.nosusume.com/?p=124</guid>
		<description><![CDATA[				投稿者：吉祥さん
				リクエストがあったので天川～吉野周辺の神社についてまとめてみました。
				吉野の神社
				◎丹生川上神社　下社（にうかわかみじんじゃ　しもしゃ）
				
				吉野から天河に向かって車で山道を進むと素敵な鳥居のある落ち着いた丹生川上神社・下社に出逢います。境内の石段を登ると歴史を感じさせる拝殿がありその脇にご神水の井戸があります。
				伝承によれば丹生社の鳥居が洪水によって流されてきたので、それを拾って神体として祀ったのが始まりとされています。丹生川流域には「丹生神社」が点在しています。
				「丹」と云うのは水銀のことでこの地名を関する土地ではかつて水銀が取れたと云う学者もいます。また近くには御酒井・五色井・吹分井・御食井・祈願井・御手洗井・罔象女井・降臨井・鍛人井といった多くの井戸が湧出しているので古くからの水神信仰があったともされています。
				
				江戸時代まではご祭神は高龗神(たかおかみのかみ）さまとされていましたが明治時代に闇龗神（くらおかみのかみ）さに改められたそうです。
				どちらも水の神さまです。
				龗（おかみ）は龍の意味もあるとも云われています。
				吉野の山中を逍遥していると龍神さまをお祀りしている神社仏閣が多いことに気づきます。山の豊かな水源に人々は神さまを感じたのでしょう。
				闇龗神（くらおかみのかみ）さまは高龗神(たかおかみのかみ）さまとともに「神産み」の神話で伊邪那岐神が迦具土神を斬り殺した際に生まれた神さまです。
				・・・と云うとちょっと怖い感じもしますが神主さんは以下のように云っておられました。
				　
				「ここの神さまはね日本の昔からいらっしゃる神さまなんですよ。
				よく「オカミサン」っていうでしょ？この神さまのことなの。
				だからあんたも神さま。「オカミサン」だからね。」
				神主さんは気さくで素晴らしい方です。もしお会いできたらご挨拶してみてください。きっと素敵なお話が聞けますよ。
				天河の「ごろごろ水」は日本名水百選にも選ばれています。
				名物・・・かどうかはわかりませんが途中のドライブインで売られていた玉こんにゃくがピリ辛でおいしかったです。
				http://www.genbu.net/data/yamato/nyusimo_title.htm
				奈良県吉野郡下市町長谷1-1
				アクセス：近畿日本鉄道 下市口駅 から奈良交通バスで長谷下車。
				　
				◎金峯神社（きんぶじんじゃ）
				吉野の山の奥深く。車でくねくねした九十九折の道を登っていくと金峯神社にたどり着きます。乗り物に弱い方にはちょっと辛いかも？？
				駐車場に車を停めて少し進むと長い石段の先に金峯神社の拝殿があります。
				金峯神社は吉野山の一番奥にある神社です。 さらに山道を辿れば西行が庵を結んだ西行庵があるそうです。 境内には義経が隠れたという「義経の隠れ塔」もあります。塔と云うよりはお堂と云う印象。
				追っ手に囲まれた義経が屋根を蹴破ったと云う伝説から、「蹴抜の塔」とも呼ばれています。
				義経は鞍馬寺で天狗に武術を習ったといわれています。また義経の忠臣だった弁慶は山の民であったと云う説もありとかくお山と深いかかわりを持った人物です。吉野の山も跋扈したのだと思うとなんだかウキウキしています。
				ご祭神は鉱山の神として信仰されている金山毘古命（かなやまひこのみこと）。
				「神産み」の神話でイザナミが火の神カグツチを産んで火傷をし病み苦しんでいるときに、その嘔吐物（たぐり）から化生した神さまと云われています。神名の通り「金山」（かなやま、鉱山）を司る神さまで鉱山を司どり、また荒金を採る神さまです。
				鉱業・鍛冶など、金属に関する技工を守護する神さまともされています。 
				通常は無人の神社です。 歴史を感じさせる社殿は山奥の神社にふさわしい落ち着いた雰囲気です。 
				http://ja.wikipedia.org/wiki/金峯神社
				奈良県吉野郡吉野町吉野山1651
				アクセス：近鉄吉野線吉野駅より吉野ロープウェイ乗り換え「吉野山」下車、徒歩約1時間45分
				◎吉野水分神社 （よしのみくまりじんじゃ）
				ガイドさんによれば生活に必要な水を分けた場所に祀られた神社と云うことですが水の豊かな山なので「源流が分かれる場所」と云う意味で使われたと云う説のほうがしっくりきます。
				『続日本紀』には芳野（吉野）水分峰神に馬を奉り祈雨したとの記述がありますが創建については不詳だそうです。
				現在の社殿は４００年ほど前に豊臣秀頼が再建したものです。 豊臣秀吉もこの地を訪れ秀頼を授かったといわれる。当時（４００年前）のお神輿も奉納されていました。豊臣の名にふさわしい豪華なお神輿です。 
				平安時代中期ごろから「子守明神」と呼ばれるようになった。「みくまり」が訛って「みこもり」になり子育ての神社としても信仰されています。境内には産着とともに布で作ったおっぱいが奉納されています。
				ご祭神は水を司る天之水分大神（あめのみくまりのおおかみ）さま。
				社殿の形は変わっていて横に長いLの字型の拝殿のお向かいに石段がありその上に本殿があります。建物は歴史を深く感じさせとても落ち着いています。山と歴史と神さまが一体になったような雰囲気がここにはあります。
				http://www.norinagakinenkan.com/norinaga/kaisetsu/mikumari.html
				奈良県吉野郡吉野町吉野山1612
				アクセス：近鉄吉野線吉野駅より吉野ロープウェイ乗り換え「吉野山」下車、徒歩約1時間30分 
				◎吉野神宮 （よしのじんぐう）
				駐車場を降りると拓けた土地にビックリします。本殿は落ち着いた雰囲気。吉野の山中にあって土地の広さに驚かされます。
				吉野神宮は後醍醐天皇を祀る神社です。 
				南朝＠吉野朝廷の行宮（皇居）になっていましたが後に行宮が「実城寺」に移動しました。（吉野の金峯山寺の近くに塔が残っています。）明治時代までは「吉水院」と云うお寺でしたが廃仏毀釈により吉野神宮に改められました。
				吉野神宮は、第九十六代後醍醐天皇を祭神として明治25年（1892）社殿が竣工。
				その時に後村上天皇が御自ら刻まれたと伝えられる後醍醐天皇の尊像が吉水神社から移されて御神体とされました。
				後醍醐天皇は子供の頃から学問に長け、歌道など文化面にも造詣が深かったといいます。さらに真言・天台・禅宗などの奥義も極められたそうで文化的な天皇さんだったようです。神社のHPには「広大無限な御神徳が得られる」と書かれていました。 
				境内はともかく広くて気持ちがいいです。御神職の方も丁寧にご挨拶をしてくださりとても気持ちよくお参りできました。
				〒639-3115 吉野郡吉野町吉野山3226
				電話 ： 07463-2-3088 
				アクセス：近鉄吉野神宮駅より駅前の大鳥居を通って坂道を約1km、徒歩約20分。
				またはタクシー。
				http://www.naranet.co.jp/yoshinojingu/
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>投稿者：吉祥さん</p>
				<p>リクエストがあったので天川～吉野周辺の神社についてまとめてみました。</p>
				<h3>吉野の神社</h3>
				<p><strong>◎丹生川上神社　下社（にうかわかみじんじゃ　しもしゃ）</strong></p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/124/01.jpg" alt="" title="丹生川上神社　下社（にうかわかみじんじゃ　しもしゃ）" width="400" height="226<br />
				" /></p>
				<p>吉野から天河に向かって車で山道を進むと素敵な鳥居のある落ち着いた丹生川上神社・下社に出逢います。境内の石段を登ると歴史を感じさせる拝殿がありその脇にご神水の井戸があります。</p>
				<p>伝承によれば丹生社の鳥居が洪水によって流されてきたので、それを拾って神体として祀ったのが始まりとされています。丹生川流域には「丹生神社」が点在しています。</p>
				<p>「丹」と云うのは水銀のことでこの地名を関する土地ではかつて水銀が取れたと云う学者もいます。また近くには御酒井・五色井・吹分井・御食井・祈願井・御手洗井・罔象女井・降臨井・鍛人井といった多くの井戸が湧出しているので古くからの水神信仰があったともされています。</p>
				<p><span id="more-124"></span></p>
				<p>江戸時代まではご祭神は高龗神(たかおかみのかみ）さまとされていましたが明治時代に闇龗神（くらおかみのかみ）さに改められたそうです。</p>
				<p>どちらも水の神さまです。</p>
				<p>龗（おかみ）は龍の意味もあるとも云われています。</p>
				<p>吉野の山中を逍遥していると龍神さまをお祀りしている神社仏閣が多いことに気づきます。山の豊かな水源に人々は神さまを感じたのでしょう。</p>
				<p>闇龗神（くらおかみのかみ）さまは高龗神(たかおかみのかみ）さまとともに「神産み」の神話で伊邪那岐神が迦具土神を斬り殺した際に生まれた神さまです。</p>
				<p>・・・と云うとちょっと怖い感じもしますが神主さんは以下のように云っておられました。<br />
				　<br />
				「ここの神さまはね日本の昔からいらっしゃる神さまなんですよ。<br />
				よく「オカミサン」っていうでしょ？この神さまのことなの。<br />
				だからあんたも神さま。「オカミサン」だからね。」</p>
				<p>神主さんは気さくで素晴らしい方です。もしお会いできたらご挨拶してみてください。きっと素敵なお話が聞けますよ。</p>
				<p>天河の「ごろごろ水」は日本名水百選にも選ばれています。</p>
				<p>名物・・・かどうかはわかりませんが途中のドライブインで売られていた玉こんにゃくがピリ辛でおいしかったです。</p>
				<p><a href="http://www.genbu.net/data/yamato/nyusimo_title.htm">http://www.genbu.net/data/yamato/nyusimo_title.htm</a></p>
				<p>奈良県吉野郡下市町長谷1-1</p>
				<p>アクセス：近畿日本鉄道 下市口駅 から奈良交通バスで長谷下車。<br />
				　</p>
				<p><strong>◎金峯神社（きんぶじんじゃ）</strong></p>
				<p>吉野の山の奥深く。車でくねくねした九十九折の道を登っていくと金峯神社にたどり着きます。乗り物に弱い方にはちょっと辛いかも？？</p>
				<p>駐車場に車を停めて少し進むと長い石段の先に金峯神社の拝殿があります。</p>
				<p>金峯神社は吉野山の一番奥にある神社です。 さらに山道を辿れば西行が庵を結んだ西行庵があるそうです。 境内には義経が隠れたという「義経の隠れ塔」もあります。塔と云うよりはお堂と云う印象。</p>
				<p>追っ手に囲まれた義経が屋根を蹴破ったと云う伝説から、「蹴抜の塔」とも呼ばれています。</p>
				<p>義経は鞍馬寺で天狗に武術を習ったといわれています。また義経の忠臣だった弁慶は山の民であったと云う説もありとかくお山と深いかかわりを持った人物です。吉野の山も跋扈したのだと思うとなんだかウキウキしています。</p>
				<p>ご祭神は鉱山の神として信仰されている金山毘古命（かなやまひこのみこと）。</p>
				<p>「神産み」の神話でイザナミが火の神カグツチを産んで火傷をし病み苦しんでいるときに、その嘔吐物（たぐり）から化生した神さまと云われています。神名の通り「金山」（かなやま、鉱山）を司る神さまで鉱山を司どり、また荒金を採る神さまです。<br />
				鉱業・鍛冶など、金属に関する技工を守護する神さまともされています。 </p>
				<p>通常は無人の神社です。 歴史を感じさせる社殿は山奥の神社にふさわしい落ち着いた雰囲気です。 </p>
				<p><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%B3%AF%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%90%89%E9%87%8E%E7%94%BA)">http://ja.wikipedia.org/wiki/金峯神社</a></p>
				<p>奈良県吉野郡吉野町吉野山1651</p>
				<p>アクセス：近鉄吉野線吉野駅より吉野ロープウェイ乗り換え「吉野山」下車、徒歩約1時間45分</p>
				<p><strong>◎吉野水分神社 （よしのみくまりじんじゃ）</strong></p>
				<p>ガイドさんによれば生活に必要な水を分けた場所に祀られた神社と云うことですが水の豊かな山なので「源流が分かれる場所」と云う意味で使われたと云う説のほうがしっくりきます。</p>
				<p>『続日本紀』には芳野（吉野）水分峰神に馬を奉り祈雨したとの記述がありますが創建については不詳だそうです。</p>
				<p>現在の社殿は４００年ほど前に豊臣秀頼が再建したものです。 豊臣秀吉もこの地を訪れ秀頼を授かったといわれる。当時（４００年前）のお神輿も奉納されていました。豊臣の名にふさわしい豪華なお神輿です。 </p>
				<p>平安時代中期ごろから「子守明神」と呼ばれるようになった。「みくまり」が訛って「みこもり」になり子育ての神社としても信仰されています。境内には産着とともに布で作ったおっぱいが奉納されています。</p>
				<p>ご祭神は水を司る天之水分大神（あめのみくまりのおおかみ）さま。</p>
				<p>社殿の形は変わっていて横に長いLの字型の拝殿のお向かいに石段がありその上に本殿があります。建物は歴史を深く感じさせとても落ち着いています。山と歴史と神さまが一体になったような雰囲気がここにはあります。</p>
				<p><a href="http://www.norinagakinenkan.com/norinaga/kaisetsu/mikumari.html">http://www.norinagakinenkan.com/norinaga/kaisetsu/mikumari.html</a></p>
				<p>奈良県吉野郡吉野町吉野山1612</p>
				<p>アクセス：近鉄吉野線吉野駅より吉野ロープウェイ乗り換え「吉野山」下車、徒歩約1時間30分 </p>
				<p><strong>◎吉野神宮 （よしのじんぐう）</strong></p>
				<p>駐車場を降りると拓けた土地にビックリします。本殿は落ち着いた雰囲気。吉野の山中にあって土地の広さに驚かされます。</p>
				<p>吉野神宮は後醍醐天皇を祀る神社です。 </p>
				<p>南朝＠吉野朝廷の行宮（皇居）になっていましたが後に行宮が「実城寺」に移動しました。（吉野の金峯山寺の近くに塔が残っています。）明治時代までは「吉水院」と云うお寺でしたが廃仏毀釈により吉野神宮に改められました。</p>
				<p>吉野神宮は、第九十六代後醍醐天皇を祭神として明治25年（1892）社殿が竣工。</p>
				<p>その時に後村上天皇が御自ら刻まれたと伝えられる後醍醐天皇の尊像が吉水神社から移されて御神体とされました。</p>
				<p>後醍醐天皇は子供の頃から学問に長け、歌道など文化面にも造詣が深かったといいます。さらに真言・天台・禅宗などの奥義も極められたそうで文化的な天皇さんだったようです。神社のHPには「広大無限な御神徳が得られる」と書かれていました。 </p>
				<p>境内はともかく広くて気持ちがいいです。御神職の方も丁寧にご挨拶をしてくださりとても気持ちよくお参りできました。</p>
				<p>〒639-3115 吉野郡吉野町吉野山3226<br />
				電話 ： 07463-2-3088 </p>
				<p>アクセス：近鉄吉野神宮駅より駅前の大鳥居を通って坂道を約1km、徒歩約20分。<br />
				またはタクシー。</p>
				<p><a href="http://www.naranet.co.jp/yoshinojingu/">http://www.naranet.co.jp/yoshinojingu/</a></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>丹生都比売神社（にうつひめじんじゃ）　和歌山県伊都郡</title>
		<link>http://jinjya.nosusume.com/2009/08/17/post_123.html</link>
		<comments>http://jinjya.nosusume.com/2009/08/17/post_123.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 17 Aug 2009 07:23:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>murakumo</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[神社]]></category>

		<category><![CDATA[和歌山県]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://jinjya.nosusume.com/?p=123</guid>
		<description><![CDATA[				
				投稿者：吉祥さん
				南海高野山線、橋本から車で ３０分ほど山道を進むと朱塗りの橋と鳥居が印象的な丹生都比売神社（にうつひめじんじゃ）に到着します。
				高四五〇メートルの「天野の里」にあるために「天野大社」の愛称で親しまれています。創建は千七百年前のことと伝えられます。
				社殿はたいへん美しく山の空気が清々しいです。 奈良の春日大社と同じ造りで「春日造り」と云うそうです。
				
				高野山の壇上伽藍にある御社も同じ造り・同じ大きさということでした。 屋根は檜皮（ひわだ）葺き（檜の皮で葺かれています）です。吉祥は檜皮葺の柔らかな姿がとても好きです。
				主祭神の丹生都比売大神（にうつひめのおおかみ）は天照大御神の妹神さま・稚日女命（わかひるめのみこと）と云われています。神代に紀ノ川流域の三谷に降臨されて紀州・大和に農耕を広め　この天野の地に鎮座されました。吉野から高野山に抜ける葛城山系には丹生都比売さまをお祀りした神社が数多くあります。
				「丹」は水銀の鉱石となる「朱砂」から採取される朱を意味します。古くは『魏志倭人伝（ぎしわじんでん）』にも「丹の山」の記述があります。吉野ヶ里遺跡の甕棺墓に埋葬された遺体にも朱の色が施されており古くから魔よけに使われていたと考えられています。
				「丹生」の名のある場所には朱砂の鉱脈があることは広く知られています。丹は古くから珍重され不老不死の妙薬としても用いられていました。玄宗皇帝が亡くなったのは水銀中毒だったという説もあります。
				また神功皇后（じんぐうこうごう）の出兵の折、丹生都比売大神の託宣により、衣服・武具・船を朱色に塗ったところ戦勝することが出来たため広く神社に朱の色が用いられるようになったとも云われています。
				空海は密教の根本道場にふさわしい地を求めていました。山中を探していたときに白と黒の犬を引き連れた狩人に出会います。狩人は二匹の犬に命じて空海を高野山まで案内しました。この狩人こそ丹生都比売さまの息子さんで高野明神（こうやみょうじん：狩場明神とも）と云われています。
				空海は丹生都比売さまに敬意を払い壇上伽藍着工に先駆けて丹生都比売さまを高野山の地に勧請しました。それが現在　高野山の壇上伽藍にある御社になります。
				高野山参詣の表参道である「町石道（ちょういしみち）」の中間にある二つ鳥居は、神社境内の入口にあたります。高野山に参詣する人は先に丹生都比売神社に参拝した後に高野山に登ることが慣習でした。 
				鎌倉時代には、行勝上人により気比神宮から大食都比売大神、厳島神社から市杵島比売大神（いちきしまひめ：弁天さま）が勧請され、社殿が北条政子により寄進されました。現存する本殿は室町時代に復興されたもので朱塗りに彫刻と彩色を施した美しい社殿です。
				２００４年７月に「紀伊山地の霊場と参詣道」の丹生都比売神社境内として世界遺産へ登録されました。
				
				朱塗りの太鼓橋は半月形をしています。
				最近修復したそうで色も鮮やかでたいへん美しいです。
				太鼓橋は人間が渡る橋ではないのです。
				神さまが渡る橋なんですよ。
				だから神社によっては人間は渡らないことにしている所もあります。
				神主の丹生さんが教えてくださいました。
				月夜に煌々と映える朱塗りの太鼓橋。
				その橋の上を滑るように渡る神々さま…。 
				なんと美しい風景でしょう。
				妄想モード全開っ！ 
				丹生都比売神社がある天野の里には山に囲まれた美しい田園風景が広がります。
				近くには神主さんお勧めの「カフェ　うらら」があります。 山の美しい水で淹れたおいしいコーヒーと天然酵母のパンでブレイクしてはいかがでしょうか？ 
				近くには真田幸村が蟄居していた九度山があります。九度山にある慈尊院は弘法大師空海の母が住んでいたお寺です。高野山は女人禁制だったため空海は何度も母を訪ねて山を降りたと伝えられます。山門を入ってすぐに目に入る多宝塔は美しく見事です。
				慈尊院は町石道の入り口にもなっています。町石を辿りながら山道を７時間ほど…足に自身のある方は歩いてみてはいかがでしょうか？町石道の中間付近に丹生都比売神社があります。
				住所：〒 649-7141　和歌山県伊都郡かつらぎ町上天野 230
				電話番号：0736-26-0102
				大きな地図で見る
				アクセス：
				〔新幹線で〕新大阪～（地下鉄御堂筋線２０分）～南海なんば～（南海高野線約５０分）～橋本～（ＪＲ和歌山線　約１５～２０分）～妙寺又は笠田
				妙寺又は笠田駅～神社　タクシー１５分
				笠田駅～（かつらぎ町コミュニティバス）～丹生都比売神社前、バス２９分、１２月３１日～１月３日運休　（バス便については必ずご確認ください。）
				参考サイトURL：丹生都比売神社 公式ホームページ
				補足：御祭神　　第一殿 丹生都比売大神（にうつひめのおおかみ） 　第二殿 高野御子大神 （こうやみこのおおかみ狩場明神） 第三殿 大食都比売大神 （おおげつひめのおおかみ：食物の神さま）　第四殿 市杵島比売大神 （いちきしまひめのおおかみ：弁天さま）　若　宮 行勝上人 
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/123/01.jpg" alt="" title="丹生都比売神社（にうつひめじんじゃ）" width="400" height="226<br />
				" /></p>
				<p>投稿者：吉祥さん</p>
				<p>南海高野山線、橋本から車で ３０分ほど山道を進むと朱塗りの橋と鳥居が印象的な<strong>丹生都比売神社（にうつひめじんじゃ）</strong>に到着します。</p>
				<p>高四五〇メートルの「天野の里」にあるために「天野大社」の愛称で親しまれています。創建は千七百年前のことと伝えられます。</p>
				<p>社殿はたいへん美しく山の空気が清々しいです。 奈良の春日大社と同じ造りで「春日造り」と云うそうです。</p>
				<p><span id="more-123"></span></p>
				<p>高野山の壇上伽藍にある御社も同じ造り・同じ大きさということでした。 屋根は檜皮（ひわだ）葺き（檜の皮で葺かれています）です。吉祥は檜皮葺の柔らかな姿がとても好きです。</p>
				<p>主祭神の丹生都比売大神（にうつひめのおおかみ）は天照大御神の妹神さま・稚日女命（わかひるめのみこと）と云われています。神代に紀ノ川流域の三谷に降臨されて紀州・大和に農耕を広め　この天野の地に鎮座されました。吉野から高野山に抜ける葛城山系には丹生都比売さまをお祀りした神社が数多くあります。</p>
				<p>「丹」は水銀の鉱石となる「朱砂」から採取される朱を意味します。古くは『魏志倭人伝（ぎしわじんでん）』にも「丹の山」の記述があります。吉野ヶ里遺跡の甕棺墓に埋葬された遺体にも朱の色が施されており古くから魔よけに使われていたと考えられています。</p>
				<p>「丹生」の名のある場所には朱砂の鉱脈があることは広く知られています。丹は古くから珍重され不老不死の妙薬としても用いられていました。玄宗皇帝が亡くなったのは水銀中毒だったという説もあります。</p>
				<p>また神功皇后（じんぐうこうごう）の出兵の折、丹生都比売大神の託宣により、衣服・武具・船を朱色に塗ったところ戦勝することが出来たため広く神社に朱の色が用いられるようになったとも云われています。</p>
				<p>空海は密教の根本道場にふさわしい地を求めていました。山中を探していたときに白と黒の犬を引き連れた狩人に出会います。狩人は二匹の犬に命じて空海を高野山まで案内しました。この狩人こそ丹生都比売さまの息子さんで高野明神（こうやみょうじん：狩場明神とも）と云われています。</p>
				<p>空海は丹生都比売さまに敬意を払い壇上伽藍着工に先駆けて丹生都比売さまを高野山の地に勧請しました。それが現在　高野山の壇上伽藍にある御社になります。</p>
				<p>高野山参詣の表参道である「町石道（ちょういしみち）」の中間にある二つ鳥居は、神社境内の入口にあたります。高野山に参詣する人は先に丹生都比売神社に参拝した後に高野山に登ることが慣習でした。 </p>
				<p>鎌倉時代には、行勝上人により気比神宮から大食都比売大神、厳島神社から市杵島比売大神（いちきしまひめ：弁天さま）が勧請され、社殿が北条政子により寄進されました。現存する本殿は室町時代に復興されたもので朱塗りに彫刻と彩色を施した美しい社殿です。</p>
				<p>２００４年７月に「紀伊山地の霊場と参詣道」の丹生都比売神社境内として<strong>世界遺産</strong>へ登録されました。</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/123/02.jpg" alt="" title="朱塗りの太鼓橋" width="400" height="226<br />
				" /></p>
				<p>朱塗りの太鼓橋は半月形をしています。<br />
				最近修復したそうで色も鮮やかでたいへん美しいです。</p>
				<blockquote><p>太鼓橋は人間が渡る橋ではないのです。<br />
				神さまが渡る橋なんですよ。<br />
				だから神社によっては人間は渡らないことにしている所もあります。</p></blockquote>
				<p>神主の丹生さんが教えてくださいました。</p>
				<p>月夜に煌々と映える朱塗りの太鼓橋。<br />
				その橋の上を滑るように渡る神々さま…。 </p>
				<p>なんと美しい風景でしょう。<br />
				妄想モード全開っ！ </p>
				<p>丹生都比売神社がある天野の里には山に囲まれた美しい田園風景が広がります。</p>
				<p>近くには神主さんお勧めの「カフェ　うらら」があります。 山の美しい水で淹れたおいしいコーヒーと天然酵母のパンでブレイクしてはいかがでしょうか？ </p>
				<p>近くには真田幸村が蟄居していた九度山があります。九度山にある慈尊院は弘法大師空海の母が住んでいたお寺です。高野山は女人禁制だったため空海は何度も母を訪ねて山を降りたと伝えられます。山門を入ってすぐに目に入る多宝塔は美しく見事です。</p>
				<p>慈尊院は町石道の入り口にもなっています。町石を辿りながら山道を７時間ほど…足に自身のある方は歩いてみてはいかがでしょうか？町石道の中間付近に丹生都比売神社があります。</p>
				<p>住所：〒 649-7141　和歌山県伊都郡かつらぎ町上天野 230<br />
				電話番号：0736-26-0102</p>
				<p><iframe width="425" height="350" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps?f=q&amp;source=s_q&amp;hl=ja&amp;geocode=&amp;q=&amp;gl=jp&amp;g=%E5%92%8C%E6%AD%8C%E5%B1%B1%E7%9C%8C%E4%BC%8A%E9%83%BD%E9%83%A1%E3%81%8B%E3%81%A4%E3%82%89%E3%81%8E%E7%94%BA%E4%B8%8A%E5%A4%A9%E9%87%8E+230&amp;ie=UTF8&amp;ll=34.262697,135.522013&amp;spn=0.006207,0.00912&amp;z=16&amp;output=embed"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?f=q&amp;source=embed&amp;hl=ja&amp;geocode=&amp;q=&amp;gl=jp&amp;g=%E5%92%8C%E6%AD%8C%E5%B1%B1%E7%9C%8C%E4%BC%8A%E9%83%BD%E9%83%A1%E3%81%8B%E3%81%A4%E3%82%89%E3%81%8E%E7%94%BA%E4%B8%8A%E5%A4%A9%E9%87%8E+230&amp;ie=UTF8&amp;ll=34.262697,135.522013&amp;spn=0.006207,0.00912&amp;z=16" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small></p>
				<p>アクセス：<br />
				〔新幹線で〕新大阪～（地下鉄御堂筋線２０分）～南海なんば～（南海高野線約５０分）～橋本～（ＪＲ和歌山線　約１５～２０分）～妙寺又は笠田</p>
				<p>妙寺又は笠田駅～神社　タクシー１５分</p>
				<p>笠田駅～（かつらぎ町コミュニティバス）～丹生都比売神社前、バス２９分、１２月３１日～１月３日運休　（バス便については必ずご確認ください。）</p>
				<p>参考サイトURL：<a href="http://www.niutsuhime.or.jp/index.shtm" target="_blank">丹生都比売神社 公式ホームページ</a></p>
				<p>補足：御祭神　　第一殿 丹生都比売大神（にうつひめのおおかみ） 　第二殿 高野御子大神 （こうやみこのおおかみ狩場明神） 第三殿 大食都比売大神 （おおげつひめのおおかみ：食物の神さま）　第四殿 市杵島比売大神 （いちきしまひめのおおかみ：弁天さま）　若　宮 行勝上人 </p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>月讀神社（つきよみじんじゃ）　長崎県壱岐市</title>
		<link>http://jinjya.nosusume.com/2009/08/10/post_122.html</link>
		<comments>http://jinjya.nosusume.com/2009/08/10/post_122.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 10 Aug 2009 09:33:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>murakumo</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[神社]]></category>

		<category><![CDATA[長崎県]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://jinjya.nosusume.com/?p=122</guid>
		<description><![CDATA[				投稿者：管理人
				
				恐る恐ると参拝させて頂きました、月讀神社（つきよみじんじゃ）・・・・・・
				いぇ、何もこちらの神様が悪いわけではございません。
				１５００年以上前より祀られておられます、全国の「月読神社」発祥の地。
				また祀られている三神は、「月夜見尊」「月弓尊」「月讀尊」・・・・・・
				・・・・・全部、「つきよみさま」、これで緊張するなと言う方が無理な話です・・・・・・・
				
				心を新たに引き締め、その鳥居をくぐり一歩を踏み出す。
				
				上がり階段の参道を登り、目の前の社を目にした瞬間・・・・・・・
				・・・・あれ？以外にも小さくこじんまりとしか風景が・・・・・・・・
				お賽銭を入れ、手を合わせ心を集中させて天津祝詞を奏上させて頂く。
				まるで神気の塊のようなその社は外見とうって変わって長い歴史とその神々しい光に
				包まれているような・・・・・今の世がこの先、何千年、何万年と続いたとしても決して
				人智や力の届かない、一歩も近づけない荘厳さを備えた社です。
				圧倒されて、外観を撮るのをまた忘れた管理人（苦笑）
				でも内観だけは厚かましくもお断りを入れさせて頂き、シャッターを押す。
				
				中は簡素でしたが清潔感に溢れ、「あぁ、地元の方々に愛されてるんだなぁ～」 と心に染みます。壱岐の方々は信仰深い方が多いのかほとんどの社はきちんと掃除が行き届き手入れがされています、、、、すばらしい。
				向かって右手には同じく月読様を祀ってある赤い鳥居の摂社（でいいのかな？？）
				
				ここにも小さな祠があって、それぞれにお酒を挙げさせて頂き祈らせて頂く。
				
				最後は周辺を簡単に掃除させて頂き、この社を後にする。
				いや～一歩入る時から、完全に出るまで緊張してました～・・・・・・・
				何がって、神道発祥の社と言われてるんですよっ？
				全国の月読神社の元宮なんですよっ？？
				三神すべてが月読様なんですよっ？？？
				・・・・・・と神社好きな自分は勝手に興奮しきって縁あって立ち寄らせて頂いた事、一生の思い出として時々夜空の月を眺めてはまた余韻に浸りたいと思います・・・・・・・
				ご祭神：右　月讀尊
				　　　　　中　月夜見尊
				　　　　　左　月弓尊
				　　　　
				住所：長崎県壱岐市芦辺町国分本村触１３６９
				電話番号：０９２０－４５－３００５
				大きな地図で見る
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>投稿者：管理人</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/122/01.jpg" alt="" title="月讀神社（つきよみじんじゃ）" width="300" height="225<br />
				" /></p>
				<p>恐る恐ると参拝させて頂きました、<strong>月讀神社（つきよみじんじゃ）</strong>・・・・・・</p>
				<p>いぇ、何もこちらの神様が悪いわけではございません。<br />
				１５００年以上前より祀られておられます、全国の「月読神社」発祥の地。<br />
				また祀られている三神は、「月夜見尊」「月弓尊」「月讀尊」・・・・・・</p>
				<p>・・・・・全部、「つきよみさま」、これで緊張するなと言う方が無理な話です・・・・・・・</p>
				<p><span id="more-122"></span></p>
				<p>心を新たに引き締め、その鳥居をくぐり一歩を踏み出す。</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/122/02.jpg" alt="" title="月讀神社（つきよみじんじゃ）" width="300" height="225<br />
				" /></p>
				<p>上がり階段の参道を登り、目の前の社を目にした瞬間・・・・・・・</p>
				<p>・・・・あれ？以外にも小さくこじんまりとしか風景が・・・・・・・・</p>
				<p>お賽銭を入れ、手を合わせ心を集中させて天津祝詞を奏上させて頂く。<br />
				まるで神気の塊のようなその社は外見とうって変わって長い歴史とその神々しい光に<br />
				包まれているような・・・・・今の世がこの先、何千年、何万年と続いたとしても決して<br />
				人智や力の届かない、一歩も近づけない荘厳さを備えた社です。</p>
				<p>圧倒されて、外観を撮るのをまた忘れた管理人（苦笑）</p>
				<p>でも内観だけは厚かましくもお断りを入れさせて頂き、シャッターを押す。</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/122/03.jpg" alt="" title="月讀神社（つきよみじんじゃ）" width="300" height="225<br />
				" /></p>
				<p>中は簡素でしたが清潔感に溢れ、「あぁ、地元の方々に愛されてるんだなぁ～」 と心に染みます。壱岐の方々は信仰深い方が多いのかほとんどの社はきちんと掃除が行き届き手入れがされています、、、、すばらしい。</p>
				<p>向かって右手には同じく月読様を祀ってある赤い鳥居の摂社（でいいのかな？？）</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/122/04.jpg" alt="" title="月讀神社（つきよみじんじゃ）" width="300" height="225<br />
				" /></p>
				<p>ここにも小さな祠があって、それぞれにお酒を挙げさせて頂き祈らせて頂く。</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/122/05.jpg" alt="" title="月讀神社（つきよみじんじゃ）" width="300" height="225<br />
				" /></p>
				<p>最後は周辺を簡単に掃除させて頂き、この社を後にする。<br />
				いや～一歩入る時から、完全に出るまで緊張してました～・・・・・・・</p>
				<p>何がって、神道発祥の社と言われてるんですよっ？<br />
				全国の月読神社の元宮なんですよっ？？<br />
				三神すべてが月読様なんですよっ？？？</p>
				<p>・・・・・・と神社好きな自分は勝手に興奮しきって縁あって立ち寄らせて頂いた事、一生の思い出として時々夜空の月を眺めてはまた余韻に浸りたいと思います・・・・・・・</p>
				<p>ご祭神：右　月讀尊<br />
				　　　　　中　月夜見尊<br />
				　　　　　左　月弓尊<br />
				　　　　<br />
				住所：長崎県壱岐市芦辺町国分本村触１３６９<br />
				電話番号：０９２０－４５－３００５</p>
				<p><iframe width="425" height="350" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps?q=%E9%95%B7%E5%B4%8E%E7%9C%8C%E5%A3%B1%E5%B2%90%E5%B8%82%E8%8A%A6%E8%BE%BA%E7%94%BA%E5%9B%BD%E5%88%86%E6%9C%AC%E6%9D%91%E8%A7%A6%EF%BC%91%EF%BC%93%EF%BC%96%EF%BC%99&amp;lr=lang_ja&amp;oe=utf-8&amp;client=firefox-a&amp;ie=UTF8&amp;split=0&amp;gl=jp&amp;ei=tuh_SqrVGMuAkQWQ6_CDAw&amp;ll=33.806538,129.721327&amp;spn=0.024961,0.036478&amp;z=14&amp;iwloc=A&amp;output=embed"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?q=%E9%95%B7%E5%B4%8E%E7%9C%8C%E5%A3%B1%E5%B2%90%E5%B8%82%E8%8A%A6%E8%BE%BA%E7%94%BA%E5%9B%BD%E5%88%86%E6%9C%AC%E6%9D%91%E8%A7%A6%EF%BC%91%EF%BC%93%EF%BC%96%EF%BC%99&amp;lr=lang_ja&amp;oe=utf-8&amp;client=firefox-a&amp;ie=UTF8&amp;split=0&amp;gl=jp&amp;ei=tuh_SqrVGMuAkQWQ6_CDAw&amp;ll=33.806538,129.721327&amp;spn=0.024961,0.036478&amp;z=14&amp;iwloc=A&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>住吉神社（すみよしじんじゃ）　長崎県壱岐市</title>
		<link>http://jinjya.nosusume.com/2009/08/10/post_121.html</link>
		<comments>http://jinjya.nosusume.com/2009/08/10/post_121.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 10 Aug 2009 05:13:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>murakumo</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[神社]]></category>

		<category><![CDATA[長崎県]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://jinjya.nosusume.com/?p=121</guid>
		<description><![CDATA[				投稿者：管理人
				
				いきいきとした緑。生命力に溢れかえる山々。それを大きく包んでくれる美しい海で作られた島、『壱岐』 の中にひっそりと佇む社。それが住吉神社です。
				今、私達が神様と呼んでおられます、お名前をお持ちの八百万の神々様。有名な神様をはじめ多くの方々は古代に中国大陸やお隣の国、韓国・北朝鮮の朝鮮半島などを渡ってここ、日の本の日本に来られた方々、またそこよりこの地で繁栄されたがほとんどです。そうなれば、海を渡ってこられた天津神（海津神）、まぁ天津・国津も後の人間が都合良く一線引いたグループ、どこでどういう定義があるのかは定かではございませんが・・・・・ほとんどの神様はおそらくこの、「対馬・壱岐」 を経由して渡来されてきたのではないかと想像できます。
				
				その為か、その雰囲気はどこか懐かしさを感じさせ・・・・神社の神様は自然を守られ、自然は神社を包みこみ、お互いに共存・・・・と言うより完全に「自然と一体化」している感覚が訪れる方々の心を癒してくれる最大の理由かも知れませんね～神社の周りには大抵は 『鎮守の森』 が存在しておりますが、こうもここまで完全に一体化している神社はめずらしい・・・・・・正直、福岡ではなかなか見られない、これも壱岐という自然があってからこそだと思います。
				
				出迎えてくれた狛犬さんも一味違います（笑）
				迫力の中に愛嬌があって・・・・・・いや、力強さの中にユーモアがあって・・・・・？？・・・・・これは思わず吹き出さずには居られない顔立ちの狛犬様でした！（爆）
				ちなみに手水舎には厳つい龍神様が・・・・・・・・・
				
				ここの手水舎の水の桶？（水が溜まっている部分）にはすごい秘密があります・・・・・というか、珍しい。写真にはほとんど写っていませんが、これは行かれて実際に目にされた方なら　「ほえぇ～・・・・」 と思わず息を止めてしまいたくなる、、、、、、これは実際に行かれた方のみのお楽しみ！
				
				ちょっと失礼して中を撮らせて頂く。気のせいでしょうか・・・・・・・いや、気のせいではないっ！いつも福岡で足を運ばせて頂いている博多区住吉にある「住吉神社」と中の雰囲気がすごく似てるんですよ～！！この雰囲気のあまりの居心地の良さについつい時間を忘れてしまい、、、、後半、急ぎ足で神社を後にしましたので残念ながら神社の外観を撮るのを忘れておりましたが（笑）まぁまぁ、これも行かれた方のみのお楽しみという事で。
				福岡から早くて１時間３０分、ぜひ一度足を運ばれ直接その雰囲気を肌で感じてみてくださいね！！
				ご祭神：住吉三神　上筒男
				　　　　　　　　　　　　中筒男
				　　　　　　　　　　　　下筒男
				摂末社：八千戈神 （大国主命）
				住所：長崎県壱岐市芦辺町住吉東触４７０
				電話番号：０９２０－４５－３００２
				大きな地図で見る
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>投稿者：管理人</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/121/01.jpg" alt="" title="壱岐　住吉神社" width="300" height="225<br />
				" /></p>
				<p>いきいきとした緑。生命力に溢れかえる山々。それを大きく包んでくれる美しい海で作られた島、『壱岐』 の中にひっそりと佇む社。それが住吉神社です。</p>
				<p>今、私達が神様と呼んでおられます、お名前をお持ちの八百万の神々様。有名な神様をはじめ多くの方々は古代に中国大陸やお隣の国、韓国・北朝鮮の朝鮮半島などを渡ってここ、日の本の日本に来られた方々、またそこよりこの地で繁栄されたがほとんどです。そうなれば、海を渡ってこられた天津神（海津神）、まぁ天津・国津も後の人間が都合良く一線引いたグループ、どこでどういう定義があるのかは定かではございませんが・・・・・ほとんどの神様はおそらくこの、「対馬・壱岐」 を経由して渡来されてきたのではないかと想像できます。</p>
				<p><span id="more-121"></span></p>
				<p>その為か、その雰囲気はどこか懐かしさを感じさせ・・・・神社の神様は自然を守られ、自然は神社を包みこみ、お互いに共存・・・・と言うより完全に「自然と一体化」している感覚が訪れる方々の心を癒してくれる最大の理由かも知れませんね～神社の周りには大抵は 『鎮守の森』 が存在しておりますが、こうもここまで完全に一体化している神社はめずらしい・・・・・・正直、福岡ではなかなか見られない、これも壱岐という自然があってからこそだと思います。</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/121/02.jpg" alt="" title="壱岐　住吉神社" width="300" height="225<br />
				" /></p>
				<p>出迎えてくれた狛犬さんも一味違います（笑）</p>
				<p>迫力の中に愛嬌があって・・・・・・いや、力強さの中にユーモアがあって・・・・・？？・・・・・これは思わず吹き出さずには居られない顔立ちの狛犬様でした！（爆）</p>
				<p>ちなみに手水舎には厳つい龍神様が・・・・・・・・・</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/121/03.jpg" alt="" title="壱岐　住吉神社　龍神様" width="300" height="225<br />
				" /></p>
				<p>ここの手水舎の水の桶？（水が溜まっている部分）にはすごい秘密があります・・・・・というか、珍しい。写真にはほとんど写っていませんが、これは行かれて実際に目にされた方なら　「ほえぇ～・・・・」 と思わず息を止めてしまいたくなる、、、、、、これは実際に行かれた方のみのお楽しみ！</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/121/04.jpg" alt="" title="壱岐　住吉神社" width="300" height="225<br />
				" /></p>
				<p>ちょっと失礼して中を撮らせて頂く。気のせいでしょうか・・・・・・・いや、気のせいではないっ！いつも福岡で足を運ばせて頂いている博多区住吉にある「住吉神社」と中の雰囲気がすごく似てるんですよ～！！この雰囲気のあまりの居心地の良さについつい時間を忘れてしまい、、、、後半、急ぎ足で神社を後にしましたので残念ながら神社の外観を撮るのを忘れておりましたが（笑）まぁまぁ、これも行かれた方のみのお楽しみという事で。</p>
				<p>福岡から早くて１時間３０分、ぜひ一度足を運ばれ直接その雰囲気を肌で感じてみてくださいね！！</p>
				<p>ご祭神：住吉三神　上筒男<br />
				　　　　　　　　　　　　中筒男<br />
				　　　　　　　　　　　　下筒男</p>
				<p>摂末社：八千戈神 （大国主命）</p>
				<p>住所：長崎県壱岐市芦辺町住吉東触４７０<br />
				電話番号：０９２０－４５－３００２</p>
				<p><iframe width="425" height="350" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps?q=%E9%95%B7%E5%B4%8E%E7%9C%8C%E5%A3%B1%E5%B2%90%E5%B8%82%E8%8A%A6%E8%BE%BA%E7%94%BA%E4%BD%8F%E5%90%89%E6%9D%B1%E8%A7%A6%EF%BC%94%EF%BC%97%EF%BC%90&amp;lr=lang_ja&amp;oe=utf-8&amp;client=firefox-a&amp;ie=UTF8&amp;split=0&amp;gl=jp&amp;ei=m6x_Sr60HpDs6gO4ppBL&amp;ll=33.796553,129.710684&amp;spn=0.024964,0.036478&amp;z=14&amp;iwloc=A&amp;output=embed"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?q=%E9%95%B7%E5%B4%8E%E7%9C%8C%E5%A3%B1%E5%B2%90%E5%B8%82%E8%8A%A6%E8%BE%BA%E7%94%BA%E4%BD%8F%E5%90%89%E6%9D%B1%E8%A7%A6%EF%BC%94%EF%BC%97%EF%BC%90&amp;lr=lang_ja&amp;oe=utf-8&amp;client=firefox-a&amp;ie=UTF8&amp;split=0&amp;gl=jp&amp;ei=m6x_Sr60HpDs6gO4ppBL&amp;ll=33.796553,129.710684&amp;spn=0.024964,0.036478&amp;z=14&amp;iwloc=A&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>命主社（いのちぬしのやしろ）　島根県大社町</title>
		<link>http://jinjya.nosusume.com/2009/06/10/post_118.html</link>
		<comments>http://jinjya.nosusume.com/2009/06/10/post_118.html#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 10 Jun 2009 08:03:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>murakumo</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[神社]]></category>

		<category><![CDATA[島根県]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://jinjya.nosusume.com/?p=118</guid>
		<description><![CDATA[				投稿者：孜琉恵都さん
				大社造りとしては、出雲大社より400年ほど古い歴史があるとされている、島根県大社町にある出雲大社の境外摂社、 命主社（いのちぬしのやしろ）の紹介です。
				命主社（いのちぬしのやしろ）  = “神魂伊能知主志神社”（かむたまいのちぬしのかみのやしろ）地元の方たちの間では、親しみと敬愛を込めて「いのっつぁん（標準語で “いのさん” という意味）」と、呼ばれているそうです。
				この命主社は、出雲大社の境内の外、東約２００メートルに位置する、出雲大社の境外摂社で「延喜式」神名帳にも記載されていて、祭神は “ 神産霊神【造化神の一柱にまします尊い神】 ” で、大国主神が兄の八十神から焼石御難にあわれた時、蚶貝比売（きさかいひめ）、蛤貝比売（うむかいひめ）の二柱を降ろされ、その難を救われた。とあるようです。
				
				時は流れ、江戸時代、寛文御造営（西暦1665年）の際、境内に大石の下から銅戈（どうほこ）と勾玉（まがたま）が発見されたのですが、本来はこれらが御神体だったとも言われています。
				
				※銅戈 = クリス杉、長さ33.7ミリ、幅10.3ミリ。茎（まがご）が短くて身に対し斜めに関（まち）がついている。
				※勾玉 = 長さ3.6ミリ、厚さ9.9ミリ、半透明濃緑色の硬玉。穿孔が大きく孔は一方から穿たれたもの。
				
				その銅戈は荒神谷遺跡で出土した、銅鐸・銅矛・銅剣などと同じく、弥生時代の九州地方によくあった青銅器。勾玉は新潟県糸魚川産のヒスイで造られていて、現在までに銅戈と勾玉が一緒に発見された例が、他にはないとの事です。（現在は、島根庁舎の宝物殿に展示されている。 ）
				「古事記」によれば、出雲大社の主祭神である大国主命は高志（北陸地方）の沼河比売に求婚したり、筑紫（九州地方）の多紀理毘売と結婚したとあり、出雲大社に近い “命主社” から、九州地方の銅戈と北陸地方の勾玉が出土した事が、弥生時代の各地域の交流を物語っています。
				命主神のムクノキの大樹
				
				その樹齢は伝承により1000年とされ、胸高幹囲580センチ、樹高23メートル、枝張19メートル。
				1990年、読売新聞社刊の【新・日本名木100選】に「・・・・・大地からむき出しになった根が幾重にもからみ合い、そのまま幹になって大空に伸びている。根周りは12メートル。まるで大地の底から生え上がっているようだ。・・・・・」と、紹介されています。
				
				※参拝時の注意※
				駐車場は勿論、直接車で行く事は出来ませんので、出雲大社の大駐車場に止めて、歩く事をお勧めします。
				住所：島根県大社町真名井
				電話番号：なし
				大きな地図で見る
				アクセス：出雲大社から東へ200メートル（徒歩のみ）
				参考サイト：出雲大社～命主社
				補足：
				＜耳寄り情報＞
				出雲大社の近距離にある、おすすめスポット。
				下は、旧JR 大社駅にて撮影した写真です。
				駅舎です。
				当時を思い出す、赤くて巨大なポストがありました。
				当時の切符売り場です。
				蒸気機関車 D51（通称 : デゴイチ）
				これに乗った時、窓を開けて景色を眺めると、顔が煤で “真っ黒” でした。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>投稿者：孜琉恵都さん</p>
				<p>大社造りとしては、出雲大社より400年ほど古い歴史があるとされている、島根県大社町にある出雲大社の境外摂社、 <strong>命主社（いのちぬしのやしろ）</strong>の紹介です。</p>
				<p>命主社（いのちぬしのやしろ）  = “神魂伊能知主志神社”（かむたまいのちぬしのかみのやしろ）地元の方たちの間では、親しみと敬愛を込めて「いのっつぁん（標準語で “いのさん” という意味）」と、呼ばれているそうです。</p>
				<p>この命主社は、出雲大社の境内の外、東約２００メートルに位置する、出雲大社の境外摂社で「延喜式」神名帳にも記載されていて、祭神は “ 神産霊神【造化神の一柱にまします尊い神】 ” で、大国主神が兄の八十神から焼石御難にあわれた時、蚶貝比売（きさかいひめ）、蛤貝比売（うむかいひめ）の二柱を降ろされ、その難を救われた。とあるようです。</p>
				<p><span id="more-118"></span></p>
				<p>時は流れ、江戸時代、寛文御造営（西暦1665年）の際、境内に大石の下から銅戈（どうほこ）と勾玉（まがたま）が発見されたのですが、本来はこれらが御神体だったとも言われています。</p>
				<ul>
				<ol>※銅戈 = クリス杉、長さ33.7ミリ、幅10.3ミリ。茎（まがご）が短くて身に対し斜めに関（まち）がついている。</ol>
				<ol>※勾玉 = 長さ3.6ミリ、厚さ9.9ミリ、半透明濃緑色の硬玉。穿孔が大きく孔は一方から穿たれたもの。</ol>
				</ul>
				<p>その銅戈は荒神谷遺跡で出土した、銅鐸・銅矛・銅剣などと同じく、弥生時代の九州地方によくあった青銅器。勾玉は新潟県糸魚川産のヒスイで造られていて、現在までに銅戈と勾玉が一緒に発見された例が、他にはないとの事です。（現在は、島根庁舎の宝物殿に展示されている。 ）</p>
				<p>「古事記」によれば、出雲大社の主祭神である大国主命は高志（北陸地方）の沼河比売に求婚したり、筑紫（九州地方）の多紀理毘売と結婚したとあり、出雲大社に近い “命主社” から、九州地方の銅戈と北陸地方の勾玉が出土した事が、弥生時代の各地域の交流を物語っています。</p>
				<p><strong>命主神のムクノキの大樹</strong></p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/118/0010.jpg" alt="" title="命主神のムクノキの大樹1" width="300" height="400<br />
				" /></p>
				<p>その樹齢は伝承により1000年とされ、胸高幹囲580センチ、樹高23メートル、枝張19メートル。</p>
				<p>1990年、読売新聞社刊の【新・日本名木100選】に「・・・・・大地からむき出しになった根が幾重にもからみ合い、そのまま幹になって大空に伸びている。根周りは12メートル。まるで大地の底から生え上がっているようだ。・・・・・」と、紹介されています。</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/118/0011.jpg" alt="" title="命主神のムクノキの大樹2" width="300" height="400<br />
				" /></p>
				<p>※参拝時の注意※<br />
				駐車場は勿論、直接車で行く事は出来ませんので、出雲大社の大駐車場に止めて、歩く事をお勧めします。</p>
				<p>住所：島根県大社町真名井<br />
				電話番号：なし</p>
				<p><iframe width="425" height="350" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps?f=q&amp;source=s_q&amp;hl=ja&amp;geocode=&amp;q=&amp;ie=UTF8&amp;ll=35.400997,132.688698&amp;spn=0.003061,0.00456&amp;z=17&amp;output=embed"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?f=q&amp;source=embed&amp;hl=ja&amp;geocode=&amp;q=&amp;ie=UTF8&amp;ll=35.400997,132.688698&amp;spn=0.003061,0.00456&amp;z=17" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small></p>
				<p>アクセス：出雲大社から東へ200メートル（徒歩のみ）<br />
				参考サイト：<a href="http://park5.wakwak.com/~susanoo/izumo04/izumo_inochi.html" target="_blank">出雲大社～命主社</a></p>
				<p>補足：<br />
				＜耳寄り情報＞</p>
				<p>出雲大社の近距離にある、おすすめスポット。</p>
				<p>下は、旧JR 大社駅にて撮影した写真です。</p>
				<p>駅舎です。<br />
				当時を思い出す、赤くて巨大なポストがありました。</p>
				<p>当時の切符売り場です。</p>
				<p>蒸気機関車 D51（通称 : デゴイチ）<br />
				これに乗った時、窓を開けて景色を眺めると、顔が煤で “真っ黒” でした。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://jinjya.nosusume.com/2009/06/10/post_118.html/feed</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>花之窟神社（はなのいわやじんじゃ）　三重県熊野市</title>
		<link>http://jinjya.nosusume.com/2009/06/08/post_120.html</link>
		<comments>http://jinjya.nosusume.com/2009/06/08/post_120.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 08 Jun 2009 03:11:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>murakumo</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[神社]]></category>

		<category><![CDATA[三重県]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://jinjya.nosusume.com/?p=120</guid>
		<description><![CDATA[				投稿者：吉祥さん
				石の鳥居をくぐって薄暗い参道に入ると気温が下がった感じがして鳥肌が立ちます。
				いやな感じではなくて気持ちいいのですが・・・。
				いつもなら拝殿（ご神体）に向けて早足になるのですがこの参道はゆっくり進みたい気分。木々の息吹を感じながら歩きます。
				伊邪那岐尊（イザナギノコト＠男神）と結婚した伊弉冊尊（イザナミノミコト＠女神）は何人かの子供を生みましたが火の神である軻遇突智尊（カグツチノミコト）を生んだときに焼け死んでしまいます。
				嘆いた伊邪那岐尊は軻遇突智尊を切り殺してしまいました。伊弉冊尊を埋葬したのがこの花之窟（はなのいわやじんじゃ）と云われています。（出雲埋葬説もあり）
				
				また伊邪那岐尊が黄泉比良坂（ヨモツヒラサカ）から戻って禊をしたときに生まれた三貴神（天照皇大神･月読尊・素盞鳴尊）のうち素盞鳴尊は母に会いたがって黄泉の國に行きたいと泣いたために追放されます。
				素盞鳴尊が「木の国から根の国（黄泉の国）に入った」という記述があるために黄泉比良坂はこの場所にあるという人もいます。
				お稲荷さんと金龍神社さんに参拝して　いよいよ花の窟へ。
				白い玉石が敷き詰められた気持ちのいい空間です。
				ご神体は伊弉冊尊の埋葬の地とも伊弉冊尊ご本人とも言われる磐坐（いわくら）です。
				大きい！！見上げるほどの絶壁の上に白い岩が二つ並んでいます。
				
				それが顔のようにも見えて・・・ともかく美しい磐です。
				その磐に縄がかけられ何かが下がっています。
				向かいには軻遇突智尊が祀られています。
				
				自分が生まれたことで母を殺してしまい父に切り殺された軻遇突智尊。伊弉冊尊の磐坐の向かい側に小ぶりな黒い磐坐がありそれが軻遇突智尊といわれています。母殺しの汚名を着せられて生まれてすぐに斬り殺された軻遇突智尊が　かわいそうだと思いました。
				伊邪那岐尊は亡くなった伊弉冊尊を黄泉の国まで迎えにいきます。
				「黄泉の国の神に許可をもらうからそこで待っていてください。それまで決して私の姿を見ないでください。」
				長いこと待たされた伊邪那岐尊は約束を破って伊弉冊尊の浅ましい姿を見てしまいます。怒った伊弉冊尊に追われてかろうじて現世に逃げ帰りますがそのときに伊弉冊尊は呪いをかけます。
				「私は１日に貴方の国の人を1000人殺しましょう。」
				伊邪那岐尊は
				「ならば私はこの国に一日に１５００人の人間が生まれるようにしましょう。」と答えます。
				ここは神話の世界。
				発した言葉は霊力を持つという言霊信仰が生きているのです。パラパラと降り出した雨がまるでご神体から降り注いでいるようでポーッと見上げていました。
				「どうですか？」地元の人でしょうか？おじいちゃんに声をかけられます。
				「ここはすばらしいですね。」
				「そうでしょう…。」
				満足そうに答えたこの方は花之窟神社　総代の和田さんといいます。
				花の窟のご神体は高さ５０ｍ、幅８０ｍの巨大な磐坐です。
				礼拝所の左手奥をずっと登ってゆくと小さな祠があるそうです。
				「道が厳しいので私でも年に２回位しか行かないんですよ。体を斜めにして進まないといけない場所もあって・・・。」
				昔の人はその祠に参拝していたのが近年になって（・・・といっても和田さんが生まれる前）今の場所に祠を移したのではないかということでした。かつての礼拝所は魅力的で多少の危険を冒しても行ってみたかったのですが道が険しく雨が降っていて危険なのでと止められました。
				
				縄から下がっている四角いものは「縄幡（なわばた）」かけられている縄は170ｍ。遠く海沿いにまでつながっているということでした。
				毎年２月と１０月の２日に大祭があり「お縄掛け」の神事で掛けかえられます。伊弉冊尊がこの地に埋葬された後　近隣の人々は季節の花を供えて伊弉冊尊を祀ったと云います。これが「お縄かけ」の神事のはじめで平安時代までは「お縄かけの神事」のために朝廷から錦の御幡（みはた）が献納されていたといいます。
				ところがある年、嵐のために幡を運ぶ船が沈没。困った地元の人が縄で幡の形を作って奉納したのが「縄幡」の始まりだそうです。三つの幡はそれぞれ天照皇大神・月読尊・素盞鳴尊の三貴神を表しているそうです。
				そう思ってみると縄幡のひとつひとつに神が宿っているように見えてまた感動。
				この縄に触れることで伊弉冊尊とご縁を結べるのだそうです。
				伊弉冊尊は１０人の子を生まれたので安産のご利益。
				また伊弉冊尊は稲作伝承の祖といわれ五穀豊穣のご利益も・・・。
				「花之窟にはいろいろな人が訪れます。観光客は5分で出てきますよ。でも　あなたのように興味のある人はず～～～っと出てこない。ここは不思議な場所なんです。」
				磐坐にゆれる綱をはなんとも神秘的です。
				それは古代から続くお縄かけの神事を守り続けてきた人々の祈りの力なのではないでしょうか？
				参道の帰りに和田さんは「この参道はどうですか？」といたずらっぽく聞きました。
				「とても気持ちがいいと思います。」
				「なかには鳥肌が立つという人がいますよ。その辺に（とそこらを手で示しながら）落ち武者がいっぱいいるんだそうです。」
				先日の村雲さんの記事を思い出しながら気は持ちようだなと思いつつ・・・。
				でもここは黄泉比良坂の入り口。
				落ち武者たちが集まってきても不思議ではないかもしれません。伊弉冊尊はたくさんの落ち武者たちをも黄泉路へ導いてくれるのかもしれません。そう思うとそれもまた神さまの優しさなのかなと思いました。
				神社の向かいに設置された無料の休憩所で四季折々の写真を見せていただけます。こちらは地元のボランティアの方が運営しており土･日に開けているそうです。夕日に赤く染まった花之窟の美しさにため息が出ました。
				近くには伊弉冊尊が軻遇突智尊を生んだという「産田神社（うぶたじんじゃ）」があります。産田神社は秋刀魚寿司　発祥の地だそうです。小さな神社ですが昔の神事に使われた『ひもろぎ』と呼ばれる石の台が残っています。日本で二箇所しか残っておらず大変古くて珍しい。
				また、鬼が城は熊野水軍の隠れ家だったとも言われる景勝地で海が美しいです。
				足を伸ばせば神倉神社・熊野速玉大社・熊野那智大社・飛瀧神社もあります。少し遠いですがせっかくですから熊野本宮にも参詣されてはいかがでしょうか？
				住所：〒519-4325　三重県熊野市有馬町上地130
				大きな地図で見る
				アクセス：名古屋駅からJR紀勢本線特急「ワイドビュー南紀号」で熊野市駅まで約2時間50分
				参考サイト：花窟神社 wiki
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>投稿者：吉祥さん</p>
				<p>石の鳥居をくぐって薄暗い参道に入ると気温が下がった感じがして鳥肌が立ちます。</p>
				<p>いやな感じではなくて気持ちいいのですが・・・。</p>
				<p>いつもなら拝殿（ご神体）に向けて早足になるのですがこの参道はゆっくり進みたい気分。木々の息吹を感じながら歩きます。</p>
				<p>伊邪那岐尊（イザナギノコト＠男神）と結婚した伊弉冊尊（イザナミノミコト＠女神）は何人かの子供を生みましたが火の神である軻遇突智尊（カグツチノミコト）を生んだときに焼け死んでしまいます。</p>
				<p>嘆いた伊邪那岐尊は軻遇突智尊を切り殺してしまいました。伊弉冊尊を埋葬したのがこの<strong>花之窟（はなのいわやじんじゃ）</strong>と云われています。（出雲埋葬説もあり）</p>
				<p><span id="more-120"></span></p>
				<p>また伊邪那岐尊が黄泉比良坂（ヨモツヒラサカ）から戻って禊をしたときに生まれた三貴神（天照皇大神･月読尊・素盞鳴尊）のうち素盞鳴尊は母に会いたがって黄泉の國に行きたいと泣いたために追放されます。</p>
				<p>素盞鳴尊が「木の国から根の国（黄泉の国）に入った」という記述があるために黄泉比良坂はこの場所にあるという人もいます。</p>
				<p>お稲荷さんと金龍神社さんに参拝して　いよいよ花の窟へ。<br />
				白い玉石が敷き詰められた気持ちのいい空間です。</p>
				<p>ご神体は伊弉冊尊の埋葬の地とも伊弉冊尊ご本人とも言われる磐坐（いわくら）です。<br />
				大きい！！見上げるほどの絶壁の上に白い岩が二つ並んでいます。</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/120/01.jpg" alt="" title="花之窟神社　磐坐1" width="400" height="266<br />
				" /></p>
				<p>それが顔のようにも見えて・・・ともかく美しい磐です。<br />
				その磐に縄がかけられ何かが下がっています。</p>
				<p>向かいには軻遇突智尊が祀られています。</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/120/03.jpg" alt="" title="花之窟神社　磐坐2" width="400" height="266<br />
				" /></p>
				<p>自分が生まれたことで母を殺してしまい父に切り殺された軻遇突智尊。伊弉冊尊の磐坐の向かい側に小ぶりな黒い磐坐がありそれが軻遇突智尊といわれています。母殺しの汚名を着せられて生まれてすぐに斬り殺された軻遇突智尊が　かわいそうだと思いました。</p>
				<p>伊邪那岐尊は亡くなった伊弉冊尊を黄泉の国まで迎えにいきます。</p>
				<p>「黄泉の国の神に許可をもらうからそこで待っていてください。それまで決して私の姿を見ないでください。」</p>
				<p>長いこと待たされた伊邪那岐尊は約束を破って伊弉冊尊の浅ましい姿を見てしまいます。怒った伊弉冊尊に追われてかろうじて現世に逃げ帰りますがそのときに伊弉冊尊は呪いをかけます。</p>
				<p>「私は１日に貴方の国の人を1000人殺しましょう。」</p>
				<p>伊邪那岐尊は</p>
				<p>「ならば私はこの国に一日に１５００人の人間が生まれるようにしましょう。」と答えます。</p>
				<p>ここは神話の世界。</p>
				<p>発した言葉は霊力を持つという言霊信仰が生きているのです。パラパラと降り出した雨がまるでご神体から降り注いでいるようでポーッと見上げていました。</p>
				<p>「どうですか？」地元の人でしょうか？おじいちゃんに声をかけられます。</p>
				<p>「ここはすばらしいですね。」<br />
				「そうでしょう…。」</p>
				<p>満足そうに答えたこの方は花之窟神社　総代の和田さんといいます。</p>
				<p>花の窟のご神体は高さ５０ｍ、幅８０ｍの巨大な磐坐です。<br />
				礼拝所の左手奥をずっと登ってゆくと小さな祠があるそうです。</p>
				<p>「道が厳しいので私でも年に２回位しか行かないんですよ。体を斜めにして進まないといけない場所もあって・・・。」</p>
				<p>昔の人はその祠に参拝していたのが近年になって（・・・といっても和田さんが生まれる前）今の場所に祠を移したのではないかということでした。かつての礼拝所は魅力的で多少の危険を冒しても行ってみたかったのですが道が険しく雨が降っていて危険なのでと止められました。</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/120/04.jpg" alt="" title="花之窟神社　縄幡" width="400" height="266<br />
				" /></p>
				<p>縄から下がっている四角いものは「縄幡（なわばた）」かけられている縄は170ｍ。遠く海沿いにまでつながっているということでした。</p>
				<p>毎年２月と１０月の２日に大祭があり「お縄掛け」の神事で掛けかえられます。伊弉冊尊がこの地に埋葬された後　近隣の人々は季節の花を供えて伊弉冊尊を祀ったと云います。これが「お縄かけ」の神事のはじめで平安時代までは「お縄かけの神事」のために朝廷から錦の御幡（みはた）が献納されていたといいます。</p>
				<p>ところがある年、嵐のために幡を運ぶ船が沈没。困った地元の人が縄で幡の形を作って奉納したのが「縄幡」の始まりだそうです。三つの幡はそれぞれ天照皇大神・月読尊・素盞鳴尊の三貴神を表しているそうです。</p>
				<p>そう思ってみると縄幡のひとつひとつに神が宿っているように見えてまた感動。</p>
				<p>この縄に触れることで伊弉冊尊とご縁を結べるのだそうです。<br />
				伊弉冊尊は１０人の子を生まれたので安産のご利益。<br />
				また伊弉冊尊は稲作伝承の祖といわれ五穀豊穣のご利益も・・・。</p>
				<p>「花之窟にはいろいろな人が訪れます。観光客は5分で出てきますよ。でも　あなたのように興味のある人はず～～～っと出てこない。ここは不思議な場所なんです。」</p>
				<p>磐坐にゆれる綱をはなんとも神秘的です。</p>
				<p>それは古代から続くお縄かけの神事を守り続けてきた人々の祈りの力なのではないでしょうか？</p>
				<p>参道の帰りに和田さんは「この参道はどうですか？」といたずらっぽく聞きました。</p>
				<p>「とても気持ちがいいと思います。」<br />
				「なかには鳥肌が立つという人がいますよ。その辺に（とそこらを手で示しながら）落ち武者がいっぱいいるんだそうです。」</p>
				<p>先日の村雲さんの記事を思い出しながら気は持ちようだなと思いつつ・・・。</p>
				<p>でもここは黄泉比良坂の入り口。</p>
				<p>落ち武者たちが集まってきても不思議ではないかもしれません。伊弉冊尊はたくさんの落ち武者たちをも黄泉路へ導いてくれるのかもしれません。そう思うとそれもまた神さまの優しさなのかなと思いました。</p>
				<p>神社の向かいに設置された無料の休憩所で四季折々の写真を見せていただけます。こちらは地元のボランティアの方が運営しており土･日に開けているそうです。夕日に赤く染まった花之窟の美しさにため息が出ました。</p>
				<p>近くには伊弉冊尊が軻遇突智尊を生んだという「産田神社（うぶたじんじゃ）」があります。産田神社は秋刀魚寿司　発祥の地だそうです。小さな神社ですが昔の神事に使われた『ひもろぎ』と呼ばれる石の台が残っています。日本で二箇所しか残っておらず大変古くて珍しい。</p>
				<p>また、鬼が城は熊野水軍の隠れ家だったとも言われる景勝地で海が美しいです。</p>
				<p>足を伸ばせば神倉神社・熊野速玉大社・熊野那智大社・飛瀧神社もあります。少し遠いですがせっかくですから熊野本宮にも参詣されてはいかがでしょうか？</p>
				<p>住所：〒519-4325　三重県熊野市有馬町上地130</p>
				<p><iframe width="425" height="350" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps?f=q&amp;source=s_q&amp;hl=ja&amp;geocode=&amp;q=&amp;ie=UTF8&amp;ll=33.879181,136.093311&amp;spn=0.025118,0.028625&amp;z=15&amp;output=embed"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?f=q&amp;source=embed&amp;hl=ja&amp;geocode=&amp;q=&amp;ie=UTF8&amp;ll=33.879181,136.093311&amp;spn=0.025118,0.028625&amp;z=15" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small></p>
				<p>アクセス：名古屋駅からJR紀勢本線特急「ワイドビュー南紀号」で熊野市駅まで約2時間50分<br />
				参考サイト：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E7%AA%9F%E7%A5%9E%E7%A4%BE" targe="_blank">花窟神社 wiki</a></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>上地八幡宮（うえじはちまんぐう）　愛知県岡崎市</title>
		<link>http://jinjya.nosusume.com/2009/06/03/post_119.html</link>
		<comments>http://jinjya.nosusume.com/2009/06/03/post_119.html#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 03 Jun 2009 03:10:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>murakumo</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[神社]]></category>

		<category><![CDATA[愛知県]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://jinjya.nosusume.com/?p=119</guid>
		<description><![CDATA[				投稿者：e-wowさん
				今回、ご紹介する神社は上地八幡宮（うえじはちまんぐう）です。
				「かみじ」ではなく「うえじ」と読みます。(^_^)
				拙者の毎朝の通勤ルート沿いにある八幡様です。
				道路沿いの看板『勝ち運・魔除け』の文字に釣られ、ふらっと立ち寄ったのが始まり。ロト・ナンバーズを当てたいが為に詣ったという邪な動機、、、、、、。
				しかし此処は癒される。
				
				学生時代に弓道部に所属していた拙者は、ここで弓矢の神様（応神天皇）に出会ったのです。これは偶然？必然？キャリアよりもブランクの方が長いのに、、、。
				拝殿で詣ったら、神馬に触れ、その手で自分の体で癒されたい所を触れてみよう。
				住所：愛知県岡崎市上地町字宮脇48番地
				電話番号：0564-52-6145
				大きな地図で見る
				参考サイト：上地八幡宮
				補足：春のウコン桜の艶やかさは心が洗われます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>投稿者：e-wowさん</p>
				<p>今回、ご紹介する神社は<strong>上地八幡宮（うえじはちまんぐう）</strong>です。<br />
				「かみじ」ではなく「うえじ」と読みます。(^_^)</p>
				<p>拙者の毎朝の通勤ルート沿いにある八幡様です。</p>
				<p>道路沿いの看板『勝ち運・魔除け』の文字に釣られ、ふらっと立ち寄ったのが始まり。ロト・ナンバーズを当てたいが為に詣ったという邪な動機、、、、、、。</p>
				<p>しかし此処は癒される。</p>
				<p><span id="more-119"></span></p>
				<p>学生時代に弓道部に所属していた拙者は、ここで弓矢の神様（応神天皇）に出会ったのです。これは偶然？必然？キャリアよりもブランクの方が長いのに、、、。</p>
				<p>拝殿で詣ったら、神馬に触れ、その手で自分の体で癒されたい所を触れてみよう。</p>
				<p>住所：愛知県岡崎市上地町字宮脇48番地<br />
				電話番号：0564-52-6145</p>
				<p><iframe width="425" height="350" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps?f=q&amp;source=s_q&amp;hl=ja&amp;geocode=&amp;q=&amp;ie=UTF8&amp;ll=34.907521,137.159205&amp;spn=0.00154,0.00228&amp;z=18&amp;output=embed"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?f=q&amp;source=embed&amp;hl=ja&amp;geocode=&amp;q=&amp;ie=UTF8&amp;ll=34.907521,137.159205&amp;spn=0.00154,0.00228&amp;z=18" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small></p>
				<p>参考サイト：<a href="http://www.wa.commufa.jp/~ueji8goo/index.htm" target="_blank">上地八幡宮</a></p>
				<p>補足：春のウコン桜の艶やかさは心が洗われます。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://jinjya.nosusume.com/2009/06/03/post_119.html/feed</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>八百富神社（やおとみじんじゃ）　愛知県蒲郡市</title>
		<link>http://jinjya.nosusume.com/2009/06/02/post_117.html</link>
		<comments>http://jinjya.nosusume.com/2009/06/02/post_117.html#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 02 Jun 2009 03:23:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>murakumo</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[神社]]></category>

		<category><![CDATA[愛知県]]></category>

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		<description><![CDATA[				投稿者：e-wowさん
				愛知は蒲郡の三河湾上に浮かぶ神々の島・竹島。
				
				開運・安産・縁結びの神としても知られる「八百富神社（やおとみじんじゃ）」は日本七弁天の一つで江ノ島、竹生島、厳島などと共に竹島弁天（たけしまべんてん）と呼ばれ、市杵島姫命（いちきしまひめのみこと） を祀る神社です。
				海岸から竹島までの参道は400mの橋で、海上の鳥居をくぐります。
				
				島全体が国の天然記念物に指定されおり、原生林がそのまま残っています。
				島には八百富神社の他に、大黒神社（商売繁盛の神）、千歳神社（長寿・学問の神様）、宇賀神社（食物の神様）、八大龍神社（雨乞いの神様）が鎮座しています。
				海岸から見る竹島はこんもりとした形で、とても神々しく感じます。また、縁結びの神＆海という事で竹島は愛知・三河に於いて、デートスポットとしても有名です。
				
				それにしても弁財天は海や池等、水の近くにありますね。
				住所：愛知県蒲郡市竹島町3-15
				電話番号：0533-68-3700
				大きな地図で見る
				参考サイト：観光交流立市　がまごおり -竹島-
				補足：蒲郡は温泉が出るので宿泊施設も充実し、周辺に娯楽施設もあります。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>投稿者：e-wowさん</p>
				<p>愛知は蒲郡の三河湾上に浮かぶ神々の島・竹島。</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/117/takejima.jpg" alt="" title="神々の島・竹島" width="237" height="165<br />
				" /></p>
				<p>開運・安産・縁結びの神としても知られる<strong>「八百富神社（やおとみじんじゃ）」</strong>は日本七弁天の一つで江ノ島、竹生島、厳島などと共に<strong>竹島弁天（たけしまべんてん）</strong>と呼ばれ、市杵島姫命（いちきしまひめのみこと） を祀る神社です。</p>
				<p>海岸から竹島までの参道は400mの橋で、海上の鳥居をくぐります。</p>
				<p><span id="more-117"></span></p>
				<p>島全体が国の天然記念物に指定されおり、原生林がそのまま残っています。</p>
				<p>島には八百富神社の他に、大黒神社（商売繁盛の神）、千歳神社（長寿・学問の神様）、宇賀神社（食物の神様）、八大龍神社（雨乞いの神様）が鎮座しています。</p>
				<p>海岸から見る竹島はこんもりとした形で、とても神々しく感じます。また、縁結びの神＆海という事で竹島は愛知・三河に於いて、デートスポットとしても有名です。</p>
				<p><img src="http://jinjya.nosusume.com/image/117/takejima02.jpg" alt="" title="神々の島・竹島" width="240" height="320<br />
				" /></p>
				<p>それにしても弁財天は海や池等、水の近くにありますね。</p>
				<p>住所：愛知県蒲郡市竹島町3-15<br />
				電話番号：0533-68-3700</p>
				<p><iframe width="425" height="350" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps?f=q&amp;source=s_q&amp;hl=ja&amp;geocode=&amp;q=&amp;gl=jp&amp;ie=UTF8&amp;ll=34.813204,137.232285&amp;spn=0.012332,0.018239&amp;z=15&amp;output=embed"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?f=q&amp;source=embed&amp;hl=ja&amp;geocode=&amp;q=&amp;gl=jp&amp;ie=UTF8&amp;ll=34.813204,137.232285&amp;spn=0.012332,0.018239&amp;z=15" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small></p>
				<p>参考サイト：<a href="http://www.kankou.city.gamagori.aichi.jp/navi/spot/takeshima.html" target="_blank">観光交流立市　がまごおり -竹島-</a></p>
				<p>補足：蒲郡は温泉が出るので宿泊施設も充実し、周辺に娯楽施設もあります。</p>
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